獣医栄えて歯医者廃る

コンサルブログ | 2017年10月13日

最近、居抜き譲渡されている歯科医院を見る機会がありました。譲渡理由は「院長の病気のため」とのことですが、多くの場合のそれは建前にすぎません。

居抜き医院の外壁はひび割れ、待合は薄暗く、古いユニットが4台並列に置かれ、壁紙は黄ばみを帯びていました。この陰鬱な雰囲気を好んで通院する人はいないのでは、と思いながら一度外に出ると、ガムテープで補修された医院看板には、かすれた文字で「健康保健医療機関」「新患随時受付」と書かれていました。

フッと歯科医院の前方道路の向こうを見ると、車庫入れしているメルセデスと駐車中のレクサス。その背後のコンクリート打ち放しのモダンな建物には、大きなフィックスガラスからこれ見よがしにアルフレックス風ソファのあるロビー広がっています。動物病院です。

一方ひび割れた看板さえも新調できずに廃院していく歯科医院、通りを挟んで犬猫が高級車に乗って運ばれてくる動物病院との格差は、以前では想像すらできませんでした。しかし、人を診る歯科医院が廃れペットを診る動物病院が栄える理不尽な構図は、起こるべくして起こっている現実と捉える必要がありそうです。

その理由の一端は、動物病院は自由経済のビジネスであり、歯科医院は統制経済のビジネスだからです。動物病院の獣医は、ペットの健康のためならば支出を惜しまない飼い主に快適な施設と医療の品質を提供する一方で、治療費を払えない飼い主のことなど気にとめる必要もないわけです。

それが、治療の対象が動物から人に変わると、すべての国民は安い費用で医療サービスを享受できる国民皆保険制度に規制され、自由よりも平等が優先されるようになります。その結果、多くの歯科医院は健康に関心のない人を診療していても生計はなんとかなるために、医療の品質や快適な環境のことなどに関心が薄れていきます。考えるだけ無駄だからです。それでもなんとかやっていけてしまうことで、医療者としての成長と人生設計の思考が停滞することが、国民皆保険制度の怖さです。

50年前は最新鋭空母カールビンソンだった皆保険制度は、今では中国空母遼寧にそして将来は泥舟になりつつあります。国民の高齢化により労働人口が減れば保険財政の歳入も減る、さらに高齢者が増えれば一人当たりの医療費の増大が加速化し、このまま行けば国民皆保険制度の財政破綻が避けられないのは自明の理です。皆保険制度破綻の先延ばし策として、国は歯科医療機関への支払いを渋り、買い叩き、財源減少の調整弁としてきたわけです。

劣位の調整弁から優位な歯科医師になるには、今のところは自由診療を拡大していくことが順当な考え方と言えるでしょう。すると歯科医師は、保険適用外の治療や最新医療機材に関心がいきがちですが、それは二の次です。獣医のように、自由診療にお金を惜しまないペットの飼い主の気持ちを学ぶことが優先されます。

あるいは、ペットの飼い主の心理よりも「お受験」をさせる親の心理の方が、自由診療を選択する患者心理に近いかも知れません。「お受験」ならば、歯科医師も想像に難くないでしょう。その心理を整理すると、

  1. 高学歴とりわけ有名大学卒の生涯年収の高さを見込んでの「投資」
  2. 衣服やバッグのように子供の学校をブランドとする「自己実現」
  3. 公立校や底辺校での子供のヤンキー化やイジメを避けるための「安全保障」

大きくこの3か条を挙げることができます。

「投資」「自己実現」「安全保障」の3か条は、そのまま健康観の高い患者が歯科医院に求めることに当てはまり、とりもなおさず近い将来の歯科医師の人生設計の基本形になります。この50年あまりの歯科医院の経済的な問題は国民皆保険制度の含み益によって解決することができましたが、これからの十数年ですべての前提が劣化する可能性が高くなったわけです。そのため歯科医師は人生の再設計を考え、患者本位の歯科医療を捉え直す必要に迫られることになるのです。さもなければ、ひび割れた看板と共に歯科医師人生を終えていくことになるでしょう。

しかし、この状況をいたずらに悲観する必要はありません。時代の大きな変化は、歯科医師に新たな可能性を与えてくれるからです。