自由診療を勧める前に保険診療を考えてみよう

コンサルブログ | 2016年9月2日

自由診療を患者に勧める前に、なぜ歯科治療費が高いと思われているのか? 保険診療とは何か?を考えてみる必要があるのではないでしょうか。

最近はトリートメントコーディネーターと称するスタッフが在席する医院が増えてきました。トリートメントコーディネーターの協会もある時世になり、歯科コンサルタントも自由診療の導入を仕事の糧としています。事の是非は別として、その内容たるや、操作心理学まがいなことをコミュニケーションの教材として、歯科材料の質や耐久性の違い、審美性や機能性が優れていること、そして治療時間や精度が保険診療に比べて優位であることを強調する手法は浅はかとしか言えません。

その様は90年代の金属床を勧める常套句と同じで、対象が予防処置や根管治療へと変わっただけです。歯科医院のこういった患者説明は、歯科材店の歯科医院へのセールストークであって、患者に向けてのものではないはずです。100歩譲って材料店トークを是としても、患者説明の根底に保険診療ではカバーできない医学的な見地からの臨床が、自由診療という確信が歯科医院には必要です。全ての診療を健康保険でまかなうことが良心的な歯科医療ではなく、患者の状況に合わせて医学的見地から自由診療を提供することは、良心的な歯科医療であること。保険診療に比べての自由診療は「ぜいたく治療」ではなく「良心的治療」という確信をもって治療説明をすれば説得力も増すと言うものです。

歯科治療費が高いと思われている一因は、確信なき歯科医師の自由診療説明と厚労省の現在まで至る一連の保険歯科診療に対する発言にあります。歯科医師側の問題としては、同一医師が同一症例にいくつかのレベル別治療法を提示することをインフォームドコンセントとする傾向です。それも材料店トークに偏していては、患者は寿司の松竹梅と変わらない説明を受けるわけですから、歯科治療費は時価=高いと思うのも致し方ないことです。風邪の治療に松竹梅は存在しないように、本来歯科医療もインフォームドコンセントの根底には最善の歯科診療をするための患者への説明と患者の理解がなければならないはずです。

歯科医師の非医療的な患者説明の背景には、過去、公式非公式に伝えられる厚労省の「家の造りにプレハブもあれば木造も鉄筋も総檜もあるように・・・・歯科なら木造でまあまあだ」発言から端を発して「通常必要な歯科診療は健康保険ですべてまかなえる」へと通じてくるわけです。「通常必要な歯科診療」の「通常」とは、「歯科なら木造でまあまあだ」の「まあまあ」を意味し、「保険歯科診療=木造=まあまあ診療」で「自由診療=鉄筋=ぜいたく診療」という図式が歯科医師に植えつけられてきました。そして「歯科治療費は高い」という患者意識は、一連の厚労省発言と歯科医院の自由診療説明の仕方によって最終的に日本社会の常識と化してきたのです。

内科に「まあまあの保険診療」が存在しないように、歯科にも「まあまあの保険診療」は存在しないことが、本来あるべき歯科医学的診療です。しかし、現在では常識となったMI治療をしようとすれば、「定期検診」「予防処置」といった医療行為がなければ成立しないわけですが、どれも健康保険内で行うことはできません。健康保険内で行えば「痛い」「腫れた」「穴があいた」といった手遅れになった患者にしか対応できなくなる原始的な歯科医療に近いのが歯科保険診療になります。歯周病も歯内療法も然りでほとんどの歯科治療が、制度上これを「仕方ない」とするのが保険歯科診療で、それは歯科医学的に肯定されるものではないわけです。

こういった保険診療の不備と厚労省の見解(財源論はさておき)の矛盾を解決するものが自由診療です。自由診療は歯科医師の矜持です。歯科医師の矜持が、健康保険制度が空気のようになってしまった60歳以下の患者に、自由診療の価値を理解させるのだと思います。機材を介在させて患者心理を操作して、自由診療の価値を高めることはできません。

歯科医院の自由診療化は、保険財源からしても必然で、歯科医学的な見地からも必要なものと思います。しかし、それにはトリートメントコーディネーターが展開する表層的なものでは、自由診療の価値は上がることはなく、とりもなおさずその歯科医院の価値も上がることはないのです。「保険診療とは何か?」という原点回帰こそが、自由診療と歯科医院の価値を上げることになるのではないでしょうか。