患者診療情報のイノベーション

日吉歯科診療所「土蔵」から富士通「クラウド」へ

日吉歯科診療所の訪れた人ならば誰しもが、3万人のカルテを保存した『土蔵』を前にして、「オッ」と声を漏らすような素直な驚きを覚えることでしょう。私も「これがカルテ庫か!」と驚きを禁じ得ませんでした。この土蔵の存在が、「酒田市民の口腔の健康状態を世界一にすること」という途方もない夢のような日吉歯科診療所の理念を、現実的で酒田市民にとって求心力のあるものとしてきたのです。その理念は、患者診療情報のクラウド化を通じて、各地域で予防型歯科医院による企業の健康経営支援への取り組みへとつながり始めました。

予防型歯科の知的資産の価値

多くの歯科医師が、日吉歯科診療所の理念に魅せられて予防歯科を志し、その基盤作りに着手してきました。そして、口腔内情報を得る機材を揃え技術を修得した途端、一端の予防型歯科医院になったと錯覚する傾向があります。この段階で忘れていることがあります。目の前の患者診療情報を生きた情報とするには、過去の患者診療情報の蓄積と管理が重要です。エビデンスという言葉を予防型歯科医院では頻繁に耳にしますが、エビデンスとは過去の患者診療情報が素になっていることは言うまでもありません。エビデンスを得るには、予防型歯科医院としてのそれ相応の年月の積み重ねが要るのです。日吉歯科診療所では、過去36年の患者診療情報を蓄積してきた土蔵の存在が、エビデンスという知的資産を生み、生きた患者診療情報を患者に提供することを可能にしたのです。その知的資産が患者にも歯科医師にも求心力を発揮し、類まれな予防型歯科医院となったわけです。知的資産の求心力とは、ブランド力と置き換えてもいいでしょう。
予防型歯科を自称する多くの医院には、レセプトという財務資産はありますが、未だ知的資産を生み出すまでには至らないようです。その理由は、歯科医師の意識と予防型歯科としての年数の問題もあるでしょうが、過去の患者診療情報を蓄積する環境の問題もあるのではないでしょうか。過去の患者診療情報が、古新聞同様の扱いや法規に則り5年で処分されているケースさえ見受けられます。片や日吉歯科診療所の土蔵は、36年分の患者診療情報を財務資産から知的資産へと価値転換させています。
日吉歯科診療所の土蔵は、耐震性・堅牢性・高度なセキュリティーを有する現代のクラウドと言って良いかもしれません。

図書館のように患者診療情報を管理する

患者診療情報がどれほど予防型歯科医院に価値を与えているのか、図書館に例えてみると理解しやすいでしょう。図書館の管理方法には開架と閉架の方式があり、開架の場合は、一般利用者が自由に書籍を取り出すことができる書架に並べられています。これは歯科医院の現在来院している患者診療情報に当たります。閉架の場合、蔵書は一般利用者が立ち入れない書庫にあり、利用者が依頼すると司書が書庫にある数十万の蔵書の中から「日本分類十進法」に拠って速やかに持ち出してきてくれます。これが歯科では現在動いていない過去の患者診療情報に当たります。図書館の価値は、開架・閉架の蔵書数と管理に有り、利用者に評価されることになります。
一般的な予防型歯科医院では図書館でいう開架は機能していますが、閉架は機能していない傾向があります。日吉歯科診療所の価値は、閉架も開架同様に機能しているところにあります。熱心な利用者が、古い書籍を5年で処分したり、読みたい本の取り出しに時間がかかったりする図書館に価値を見出すでしょうか。このことは、歯科医院に対する意識の高い患者にも当てはまります。
数十万の蔵書の蓄積と管理には、確立された分類方法と何よりも広さが必要とされています。歯科では「患者を生涯顧客とする」といわれて久しいですが、例えば1万人の生涯に渡るカルテ・X 線画像はもちろんのこと規格性のある写真、各検査結果を管理できる広さが、歯科医院にあるでしょうか。
あるいは十分に保全されたサーバー環境で管理することができているでしょうか。特に都市部の100㎡程度の歯科医院では、過去の患者診療情報の蓄積と管理は物理的に不可能なため、収益を生まない患者診療情報は古新聞扱いされることになり、真の予防型歯科医院へと展開できない理由の一つになっています。繰り返しになりますが、レセプト(財務資産)が多く盛業していようとも、規格性のある患者診療情報を長期間に渡り管理して知的資産化できていなければ、真の予防型歯科医院とは言えないのです。

クラウドが変える患者と医院の関係

患者診療情報を知的資産とするために、日吉歯科診療所のような土蔵を造ることは現実的ではありませんが、クラウドを利用することで解決することができます。しかもICT(情報通信技術)によって、患者コミュニケーションには不可欠な即時性と直接性といった強みも加わります。生活者が自分の欲しい情報を即時に直接得られることが常識となりつつある現代社会で、医療だけが例外とされる理由はどこにもありません。
クラウドで患者診療情報を管理することは、コミュニケーションを創り出すイノベーションと言えます。従来の院内で患者診療情報を管理し提供する方法は、歯科医院が患者に情報を一方向で提供していたにすぎません。一方、患者診療情報をクラウドで管理することは、歯科医院のクラウドへ患者自身が情報を取りに行ける双方向のコミュニケーションが可能になるのです。さらに患者診療情報がその人に対していつでもオープンにされるということは、歯科医院が自院の診療とメインテナンスに対して自信がなければできないことです。それは自院の予防型歯科医院としての矜持とも言えます。
情報がオープン化される社会になると、生活者の学習機会が増え評価力が上がってくるために、情報に求められる質が高くなってきます。従来の予防型歯科医院ならば、患者診療情報を画一的に並べておけばよかったものが、そこに患者にとってどれだけ的確な『提案』が盛り込まれているかが、患者にとっての価値となってくるのです。
患者が求めているのは、患者診療情報という媒体ではなくそこにある『提案』そのものになってくるのです。

予防型歯科に求められる「提案力」

そういった成熟した患者に対してクラウドの仕組みから得られたデータをもとに、患者診療情報をプロファイリングしていくことで、的確な提案ができることまで将来的に視野に入れておくことが必要になってくるでしょう。
ごく限られた予防型歯科医院でしか適切な予防処置やメインテナンスができないようでは、国民の口腔の健康は遅々として進みません。ある地域の優れた予防型歯科医院の存在は、手の届く範囲の生活者にとっては素晴らしいことですが、その恩恵に浴することができない生活者が多すぎるのです。
その解決のためにも予防型歯科医院の『提案基準』(図書館でいう分類・安全衛生でいうリスクアセスメント)がオープンリソース化すれば、多くの生活者の口腔の健康は向上し、健康寿命を延ばすことが可能になるでしょう。予防型歯科医院のイノベーションをさらに進めたいと思うのは、QOLの向上、地域と企業の活性化につながると信じるに足る日吉歯科診療所という根拠があるからです。
『土蔵』から始まった患者診療情報のイノベーションは、富士通のクラウドサービスを通じて、QOL向上、地域活性化、企業の健康経営に還元できることが、予防型歯科医院の存在意義ではないでしょうか。