設備投資と国民皆保険制度の美味しい関係から歯科の未来を考える。

近年、多くの一般歯科医院は、自院ですべての設備と機能を持とうとする傾向があります。ハイテク医療機器によって医療の質が向上したかのようですが、このことを歯科界全体や地域歯科単位でみると、過剰で重複的そして非効率な設備投資を重ねているのが現実です。ミクロな歯科現場を見ている私には、過当競争な都市部ほど設備投資による医療の質の向上には疑問符が付きます。加えて専門医との連携も、患者とのやりとりも建前上は増えてきましたが、仕組みを持った連携とはいえません。要するに近年の歯科は、ハイテク医療機器を搭載したスタンドアローン型の歯科医院が乱立して、機能分化もしないでバラバラに競争しているだけの状況なのです。

そのため設備投資費用を回収できない歯科医院が、過剰な保険診療や自費誘導的な体制をとることで、歯科医療の質を落とす悪循環を引き起こしています。というのもCTやCAD/CAM、マイクロスコープなどを、広告材としている歯科医院を散見するようになったからです。ハイテク医療機器で患者を集めて囲い込み、すべての治療を自足しようとする発想の歯科医院です。このような発想は自費に傾注するのではなく、むしろ出来高払いの国民皆保険制度に極度に依存しているのです。このことを寿司屋とその客に例えてみましょう。

カウンターに腰掛け「今日は何がオススメ? 適当にお願い」と客のサラリーマンが言うと、寿司職人は客の服装と雰囲気を値踏みしながら《初診カウセリング》ネタを握っていく。酔いがまわってきた客は、高いネタを気にする風もない。一通りのネタを味わった客は「おあいそね」といい、伝票《レセプト》の確認もそこそこに支払いを済ます。そこでの客の支払いは実際の会計の3割。月給36万円(2017年の日本の平均給与)のサラリーマンは、高い寿司でも7割引に満足して足繁く通うようになる。正規料金(10割負担)なら日本のサラリーマンは、そうそう寿司屋に立ち寄らないであろう。寿司屋としても、余程のぼったくり《架空請求》をしなければ会計の残りの7割を“誰かが《国民》払ってくれたお金”をプールしていた保険者から受け取ることができる。客は寿司屋に通えば通うほど《リコール》“知らない誰かが払ってくれていた”会計の恩恵にあずかることができる。このように国民皆保険制度は寿司屋と客の両者にとって美味しいわけです。

こんな寿司屋と客の関係ですから、寿司屋も客も寿司の味《医療の質》に対しては大まかになり、寿司職人は腕とネタを見る目を《技術と診断》磨くことよりも、客の値踏みと腹一杯食べさせるためのお愛想《医療以外のサービス》に磨きをかけるようになる。そして足繁く通ってもらう客にPRするために毎年初競りで大間のマグロ《ハイテク医療機器》を最高値で競り落としたりするわけです。このように寿司屋と客の関係に設備投資と国民皆保険制度の潜在的関係を投影してみると、ハイテク医療機器を揃え困窮したスタンドアローン型の歯科医院が、国民皆保険制度に依存して、保険制度改定の度に「か強診の握り」や「SPT巻き」をお品書きに加え、収入の最大化を図る姿が浮き彫りになります。

ここに“設備投資と国民皆保険制度の美味しい関係”が成り立つのです。その背景の一つには、患者が医療機関を選ぶ際に、「医療の質」と「評判」は定数化しにくいのですが、ハイテク医療機器の保有や医療以外のサービス(アメニティー環境・マンパワーなど)は、ホームページなどで情報が入手しやすい上に、素人でも判断しやすいことがあります。とりわけ患者はマンパワーで医療機関を評価する傾向があり、歯科衛生士在籍人数や歯科医師のキャリアは、ハイテク医療機器の保有よりも患者へのPRにはより有効です。しかし、それでも歯科医院がハイテク医療機器を保有するのは、売り上げが下振れした時も、公定価格の国民皆保険制度のもと価格競争をすることなく、歯科医院経営が機能していける見込みがあるからです。つまり国民皆保険制度を担保に、ハイテク医療機器を保有することで患者獲得競争をしているのです。さらには広告規制にしばられ情報が制限されて、患者が「医療の質」と「評判」を把握しづらいがために、ハイテク医療機器で患者を集めて、国民皆保険制度で患者を囲い込み、すべての治療を自足しようとするゆがんだ形で非価格競争を繰り広げることになります。

確かに国民皆保険制度と広告規制が、歯科を不要な競争から遠ざけて標準的な医療を提供している面もありますが、一方で歪んだ状況も生み出しているわけです。「駅前の歯科がCTを買った」「となりの歯医者はマイクロスコープを買った」、「だからウチもハイテク化しなければ」という競争心理が起き、そして「せっかく買ったハイテク医療機器だからどんどん使って元をとろう」という心理が働きます。これは社会的観点からすると医療費の無駄づかいをしている上に、ハイテク医療機器による医療の質への効果も疑問符がつきます。というのも一定地域の歯科医師の数と残存歯数には相関はなく、ハイテク医療機器を使用した専門的治療を提供する歯科医院が多くなると、医療の質はむしろ低くなるというデータが米国にはあります。日本にも残存歯数の向上は、公衆衛生と生活習慣の改善によるところが大きいとするスタディーが存在しており、ハイテク医療機器の普及が、医療の質を上げることには疑問符が付きます。もちろん歯を残すことだけが歯科医療の質ではありませんが、いずれにしても設備投資は「医療の質」にも歯科医院の経営戦略にもあまり効果的ではないようです。

このような医療にも経営にも曖昧な効果しか期待できない設備投資をして、国民皆保険制度で穴埋めをする歯科医院が増えるよりは、「医療の質」と「価格」で公平な競争をする歯科医院が増えていくことの方が健全な歯科界の姿ではないでしょうか。近年、国民皆保険制度は国民の医療を受ける権利以上に、歯科医師としての力量がない人を救済するための命綱として機能しており、その制度に依存して生きながらえたり、制度を悪用して儲けたりしている向きが目立つように感じます。何よりもこのような歯科医師が増えることで、優れた歯科医師の向上心は削がれ、歯科界の進化のスピードが停滞することに危機感を覚えます。

歯科の競争原理をハイテク医療機器に求めるのならば、院内は元より歯科専門医や他科との連携においても、診療分野を分担し合う水平統合と診療過程を分担し合う垂直統合を行い、診療目的を共有することが最低限必要になってきます。これによって歯科医院は、重複的で非効率な設備投資を見直せ、「高コスト・収入最大化」を目的とする体制から「高コスト・高品質」の体制へ、さらに管理費用などのコストを最小化しながら「医療の質」を上げる体制に変わっていくことが可能になります。それには診療目的を共有する歯科医院がグループ化して、全体を管理するホールディング・カンパニーのような本部組織を持ち、診療データや財務データなどを吸い上げ、プロセス管理や労務管理などのフィードバックをグループ歯科医院に対して行うことで「低コスト・高品質・高管理」な歯科医院が可能になってきます。歯科医院の「存在価値」や「志の高さ」といったレトリックとは無関係に、端的に「医療の質」と「管理の質」を明白にするためのICT活用への設備投資が歯科の未来の扉を開くのではないでしょうか。