歯科医師の顔

コンサルブログ | 2018年12月14日

数年前のこと、ある医療法人理事長に頼まれ、東京郊外にある商業施設に立地する歯科医院の分院長の相談にのる機会がありました。相談は、「あまりに多いキャンセルと中断を減したい」というよくある内容でした。その分院長の歯科医師は、40代前半の国立大学歯学部出身で有能でウデも良いと聞いていました。受付のスタッフに来院の旨を告げると、仕事の手を休めることもなく、ちらりと私を見て「お待ちください」とのこと。程なくしてマスク姿で待合室に出てきた分院長に案内され、スタッフルームに通され、挨拶を交わし相談を受けました。その間、マスクを外さない歯科医師に若干の違和感を覚えていましたが、マスクを外した瞬間には唖然とさせられました。鼻に大きめのピアスをしているのです。私のイメージする「歯科医師らしさ」とはかけ離れた外見に、相談を受ける気持ちが萎えてしまいました。

医療同様にコンサルティングなどのサービス業は、相手を知って理解することが仕事の大半を占めます。私が持っている歯科医師のイメージの枠にその分院長は収まらなかったのです。こうなると余計なことを詮索してしまい、相談を受けることに集中できなくなるのです。立場を変えて、その分院長が患者さんから口腔内の相談を受けるとしたらどうでしょう。患者さんがイメージする歯科医師像との違いが、警戒心を起こさせないでしょうか。警戒心とまでいかなくとも、患者さんが思う医者らしさに収まらないため安心感は持てないでしょう。

患者さんの信頼を得たいのでしたら、初診の段階で素直に患者さんのイメージの枠に入ることが医療者の作法なのです。「歯科医師らしさ」があることで、「この人だったら大丈夫」と思ってもらいやすいわけです。身支度などは自分の個性を発信する一端と考える人も多いのですが、仕事となれば相手を安心させるための手段にすぎないのです。身支度は自分の個性や好みを抑えて「歯科医師らしさ」を演じて安心感を与えるべきです。患者さんに安心を提供するのは医療サービスの基本ですから、当たり前のことです。この分院がキャンセルや中断が多い原因の一つは、分院長の身支度といった個人の教養に因があるのです。そして医療法人理事長が何をもってこの分院長を有能とするのかわかりませんが、私には仕事の身支度に私情を抑えられない無能な医療者としか思えないのです。

身支度の劣化は歯科医師の顔の劣化にも通じています。こう感じるのも、歯科医師の顔から得られる情報は精度が高いからです。仕事柄、私は歯科医師の経歴書やプロフィールが送られてきてから会うことが多いのですが、いつも経歴書などはざっと見る程度であまり気に留めません。経歴書がない場合でも、インターネットでこれから会う歯科医師のことをわざわざ調査したりすることもありません。それは、鼻ピアスの君は特例としても、これまで多くの歯科医師に会ってきましたが、経歴や事前情報からはその人の人格や力量はわからないことを経験してきたからです。このことは、何も歯科医師に限ったことではありませんが、特に歯科医師の場合は、事前情報と初対面の印象が一致しないことが少なくないのです。そんなことから、初めて会ってその人から感じる「歯科医師らしさ」をその人の実像として大切にしています。「~らしさ」こそが、私にとってはその人の「してきたこと・していること・していくこと」を伝えてくれる経歴書以上の情報と言えます。

「~らしさ」が顕著に現れるのが、その人の外見にあることは一般的にもよく知られています。アメリカの心理学者アルバート・マレービアン博士の“見た目・身だしなみ・仕草・表情・声質などが、人が他人を判断する90%以上の判断材料になっている”とする研究結果をベースとした本「人は見た目が9割」がベストセラーになったことは記憶に新しいのではないでしょうか。つまり、大半の日本人は見た目で人を判断する傾向があるのだと思います。ノンバーバル・コミュニケーション情報の中でも、私はとりわけ顔と身支度が現在の歯科医師には気になります。子どもの頃、「人を見た目で判断してはいけない」という教えを誰もが受けてきたと思いますが、その教えに背き現在に至っている私の感性には、歯科医師の顔の劣化は尋常ではなく映るのです。

先日、資料棚を整理していると、およそ20年以上前のデンタルショーやセミナー風景とそこにいる歯科医師の写真が出てきました。その中にスタディーグループの草分けCongenial Dentists Clubの冊子があり、改めてページを追ってみると1950年代にアメリカの先進的歯科医療を貪欲に吸収していった歯科医師面々の写真がありました。その顔の好いことといったらありません。この冊子に出ている歯科医師は、進取の気性に富んで、希望と自信が漲っていたこともあるからでしょう。それに比べて現在のウェブサイトや歯科雑誌に頻繁に登場するスタディーグループ中核の歯科医師の顔は、1950年代のCongenial Dentists Clubの歯科医師の顔に比べると魅力的でないのは何故でしょうか。著名な歯科医師だけではありません。90年代以降の一般的な開業医の顔と1990年代以前の開業医の顔を比べると、断然1990年代以前の歯科医師の方が好い顔をしているのです。1990年代以降、歯科医師の顔は魅力が低下してきています。

歯科医師の顔の劣化は、歯科医師の収入の低下といった経済的背景があるように思います。「貧すれば鈍する」、交流する社会的クラスの低下から身支度と学びの環境の低下を引き起こし、教養が貧困化して顔が劣化してきているように思えます。その最たる例が、歯科コンサルタント会社の経験事例で登場してくる歯科医師の顔です。一様に情けない顔の歯科医師が「ここでの学びが・・・変えた」とか「患者様が倍増して・・・」とか、よくも人前でそんなことを医療者がぬけぬけと言えたものだと思うのですが、その程度の学びしか経験してこなかったのでしょう。コンサルタントから学べることは、お金に結びついた医療経営であることが多いのは仕方がありません。所詮コンサルタントは、歯科医療の周辺をなぞることしかできないからです。コンサルタントは歯科医院を確立する労苦を身をもって経験しているわけではないので、そこから学べることは底の浅いものです。そんな浅い学びをお手軽に取り入れた歯科医師が、コンサルタントと一緒になって他の歯科医師に浅い学びを伝えていく、この負の連鎖が歯科医師の顔の劣化に拍車をかけているのです。

顔や身支度に関する「歯科医師らしさ」は、患者さんの安心のためにつくって見せてあげるものかもしれません。しかし、それは患者さんのためだけではなく、結局は歯科医師自身の安心へとつながり、歯科医師を取り巻く社会的クラスが上がり、歯科医師の顔を一流へと変えていくのではないかと思います。