子供1人に大人10人の高齢社会、さあ歯科医院はどうする?

コンサルブログ | 2019年2月5日

歯科医師の頭をやわらかくしてくる本

江崎禎英氏の著書『社会は変えられる~世界が憧れる日本へ~』を読むことを日吉歯科診療所・熊谷崇先生から勧められ、その2日後には早くも感想を求める電話をいただきました。ITにより本を早く入手することはできるようになりましたが、読む速度まではITで変えることはできません。実は、その時点では全体の2/3ほど斜め読みをした程度だったために、「現役官僚の人が書いている本とは思えないリアリティーとアイディアを感じる」とお伝えするに留めました。

読むのが非常に遅い私がようやく読み終えると、「この本はすごい!」自分の頭の硬さをもみほぐしてくれるようで、とても気持ちがいい、熊谷先生のご慧眼は相変わらず、と感じる内容でした。最近では、広井良典氏の著書『定常型社会~新しい「豊かさ」の構想~』と共に、ポスト成長時代の方向と幸福を示してくれていて、グローバル化の先にあるものが、生き生きと見えてくるような気になる本でした。

社会は変えられる
社会は変えられる

『社会は変えられる~世界が憧れる日本へ~』
江崎禎英 著

カッコいい年寄りになるための羅針盤

江崎禎英氏の著書を読み終える2週間ほど前に、キネマ旬報ベスト・テン、文化映画ベスト・テン第1位の『人生フルーツ』を観ていました。東京大学卒業後、日本住宅公団のエースで数々の都市計画を手がけてきた建築家の津端修一さん90歳と英子さん87歳の夫妻の暮らしぶりのドキュメント映画です。

修一さんは公団在籍中の1960年代、雑木林を残して自然との共生を目指したニュータウンを計画。しかし、経済優先の時代はそれを許しませんでした。その後、修一さんは公団を退職してかつて手がけたニュータウンの一隅に土地を求め、平家を建て、雑木林を育てはじめました。それから50年の人生模様は、江崎氏の著書『社会は変えられる』の特に第4章《世界が憧れる日本へ》・生きがいの場としての農業・「サ高住」から「シ高住」へ・人生の完成に向けて、などへの解があります。

人生フルーツ

2025年問題を前に、私たちの周りには「今後このままだと・・・になっていく」「年をとると・・・な生活が待っている」、といった気持ちが暗くなるような情報が渦巻いています。ところが、社会状況や制度に左右されない江崎さん夫妻の生活からは、高齢社会の本当の豊かさが伝わってきて、なんだか気持ちが明るくなってきます。90歳の夫に87歳の妻が「おとうさん、いい顔になったねぇ」といえる高齢者夫妻の生活は、まさに人生はだんだん美しくなる、私たちの人生の羅針盤です。スタジオジブリがカッコいい年寄りを描くとこんな感じになるのではないでしょうか。昨年亡くなられた樹木希林さんの呪文のようなナレーションも、ファンタジーを感じさせるものでした。

ふたりからひとり
ふたりからひとり

『ふたりからひとり ~ときをためる暮らし それから~』
つばた 英子・つばた しゅういち 著

今のところ残念な高齢者歯科の実際

江崎禎英氏の著書を読み、『人生フルーツ』を観たあとに高齢者社会を考えると、高齢者歯科には大きな可能性があると思います。と同時に実際の高齢者歯科をみると暗澹たる気持ちになります。それは、高齢者歯科のあり方を、私が身内のこととして経験していることも関係しています。

私の母は膠原病を発症してドライマウスに悩まされていましたが、約10年前の市中の歯科医院では、口腔乾燥にほとんど対処することができませんでした。それどころか、その知識も怪しく、日常生活の管理・指導さえもできない様子でした。ところが、耳鼻咽喉科を受診すると、唾液量が減るためのむし歯予防対策や、唾液分泌を促す耳下腺・顎下腺・舌下腺マッサージの指導、マウススプレーなどの処方もしながら外来で管理してくれました。また、父の晩年は誤嚥性肺炎に悩まされましたが、口腔衛生管理や睡眠時の枕の高さと食事の姿勢などの予防指導は総合内科によって管理してもらいました。このように高齢者の口腔機能管理は健康管理の一環として、医科では積極的に取り入れる姿勢がみられました。

しかし、歯科ではどうでしょうか。外来での対応には失望しましたし、訪問診療には怒りさえ覚えることがありました。7~8年前に東京近郊の介護施設で、高齢者歯科の実態を見学していた時のことです。高齢者や健康弱者を食い物にしている歯科の実態は、聞きしにまさるものでした。ある施設では、就寝時に入居者の入れ歯を外し、その入れ歯を誰彼無しにバケツに放り込み一緒に洗っているのです。外した入れ歯の持ち主を間違わないように、入れ歯にイニシャルを入れる事も歯科医師の大事な仕事でした。イニシャルは、入れ歯の入れ間違いを防ぐためのものです。

入れ歯は歯科技工の段階では、アクリル・レジン・金属といった物質としての物に過ぎませんが、一度、人の口腔に入れば、物質から存在としての物に変わります。存在とは人の体の一部を意味します。こんな当たり前の道理を、この時の歯科医師は持ち合わせていなかったのです。

本来なら厚生労働省の「在宅歯科医療推進」からも、高齢者に対する介護予防や口腔ケアは、比較的すぐに対応できる市中の歯科医院が主体的に取り組むべきですが、この分野を歯科医師は都合のいい労働力の調整弁、あるいは単なる収益源としてみているから、非人道的な入れ歯の扱いをするのです。このことは、一部歯科医師のモラルの問題とは思えません。それは、高齢者歯科や訪問診療といえば、受診先の開拓と請求書類の書き方のノウハウセミナーには殺到するが、地域包括ケアシステムには関心を示さない歯科医師が多いことが図らずも物語っています。

未来を考えると高齢者歯科は、生活者にとっても歯科医師にとってもブルーオーシャンになるはずです。修復を主とする歯科師から健康管理もできる歯科師へと変わることで、社会にとっても歯科にとっても、暗い時代をひっくり返す起爆剤にしなければなりません。

巣鴨地蔵通りのマックを占領する高齢者

高齢者歯科を語る前に、私たちは高齢者のことをどれだけ知っているのか、とハタと考える場面に出くわしました。自宅から十数分歩いたところに、「おばあちゃんの原宿」といわれる巣鴨地蔵通り商店街があります。商店街の入り口近辺にあるマクドナルドには、お年寄りが吸いこまれるように入っていくのです。最初はたまたまと思っていたのですが、こういう場面を数回目撃しました。ある時、興味本位に店内に入ってみると、高齢者がレジ前に行列して座席のほとんどはお年寄りが占めているのです。決してこの商店街に飲食店が少ないわけではなく、高齢者の嗜好にあった飲食を提供するお店もたくさんあります。地蔵通り商店街マップをみると、約800mにわたる通りには、商店会加盟店が195店舗あり、それ以外の店舗も入れば200店舗は優にあるはずです。それなのになぜかマックなのです。有名な鰻屋や塩大福の店など押しのけて、どうひいき目に見ても飲食店ではマクドナルドが一番繁盛しています。

グローバルスタンダードの老舗マックに飲み込まれていく高齢者

ここから高齢者の実態を考察(想像)してみます。

  • 鰻重も、塩大福も、ビッグマックも、どれもおいしく、美味しさに順位はない。美味しさに柔軟な価値観を持っている。
  • 自由に使える時間は増えたが、飲食が提供される時間を悠長に待つほど時間を持て余してはいない。他の楽しみに使いたい、忙しいのには慣れっこの世代のため待つのが苦手。
  • 味、サービス、価格のバランスのコストパフォーマンスに敏感。高度成長期で見積もり入札が当たり前の時代を生き抜いてきたので、価格にはうるさい。

マックを占領する高齢者からは、こんな高齢者像をイメージできます。

豊かさを測るモノサシには「カネ」「ヒマ」「ココロ」があると思いますが、「ココロ」は面倒臭いのでここでは除外して、「カネ」「ヒマ」で現代の高齢者の豊かさを測ってみます。現代の高齢者は高度成長期からバブル崩壊の時代を現役(労働者人口)として頑張ってきた方達です。「24時間戦えますか」のCMソングのようにモーレツに働いてきて、取引先での口癖もPTAでの保護者の挨拶も「貧乏暇なし」で事が済んだ時代です。いつかは「金持ち暇あり」になれると思い、わき目もふらずに突き進んできたらバブル崩壊。あれよあれよと言う間に高齢者となり、「金持ち暇あり」にはなれず「少し貧乏少し暇あり」となり、世の中に高齢者デビューした方が大半なのではないかと想像します。

こんな熾烈な時代を生き抜いてきた人たちを、診療室に来院する姿から、口腔を診察して、高齢者とはこういうもので、保険点数はこうだから高齢者歯科はこうしようと決めてかかる前に、高齢者から社会全体を見直してみることが、賢い歯科医師のスタンスです。

山形で作って巣鴨で売って60年『幸福の赤いパンツ』は高齢者の運気と健康の源
(山形の工場 : https://www.sugamo-maruji.jp/honobono/akapan-koujou-w850.jpg)

1人の子供に10人の大人の社会を考える

『人生フルーツ』を観て、巣鴨地蔵通りのマックの高齢者を見て、訪問診療の実態を見学して、その上で江崎氏の著書を読んでみると、ものの見方が変わってきます。新しい視点が、これまでの常識を改めてくれたり、気づきを与えてくれたりするわけです。

その上で、国勢調査上の年齢区分をみると、0歳から14歳までが「年少人口」、15歳から64歳までが「生産年齢人口」、65歳以上が「老年人口」とされています。なんだかこの区分も現実の光景をみているとズレてるなと感じますが、ざっくり言うと、15歳未満が子供で、15歳以上が大人ということになります。この統計指標をもとに、子供と大人の比率を算出してみました。例えば、マクドナルドが日本に初出店した1970年代の日本は、子供1人に対して大人が約3.2人の社会でした。それが現在では子供1人に対して大人が約7.3人で、そのうち高齢者が約2.7人の社会です。2045年には大まかに推計すると、子供1人に対して大人が約10人で、そのうち高齢者は4人の社会になります。日本中のマクドナルドが、これから20年後には巣鴨地蔵通り店のような光景になってもおかしくないのです。

そうなると、もうマクドナルドはファミリー(0~64歳)主体のマーケティングでは成り立たなくなり、高齢者、特にシングル高齢者を視野に入れた店舗展開をしていくようになるでしょう。さらには、生産年齢の人たちが高齢者を支えていく社会も成り立たなくなり、(『人生フルーツ』の)津端さん夫妻のように自立した高齢者が当たり前の社会になっているのではないでしょうか。

このまま行けば、歯科医院も近い将来は「1人の子供に10人の大人(うち高齢者4人)の社会」の中で存在するようになるのです。歯科医院が、いつもでも小児歯科と成人歯科の枠組みで医院運営を考えていることは、あまり賢い仕業とは言えません。これからの歯科医院にとって、小児歯科・成人歯科・高齢者歯科(外来の)の3本の柱で、医院全体の仕組みを考え直していくことが重要な視点になるのではと思います。

平成年間で廃業が相次ぎ今では見ることのない帽子屋。全長800mの地蔵通りには、まだ2軒残っています。因みに歯科医院は7軒もあります。アンパンの有名店・喜福堂は大正時代は和菓子屋。