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メッセージのある勉強会

バブル経済が崩壊して、株、土地、個人金融資産など1千数百兆円が失われたといわれていますが、私は、年功序列という日本的経営の根幹が失われて、長幼の序や仕事への誇りが失われてきたことの方が、大きな社会的損失だったと思います。

この影響は歯科にも顕著で、従来の年功序列的な人事システムに代わって、にわか仕立ての実力主義の導入が広がりました。元来、歯科ではスタッフの在籍年数も短く院長の寿命が組織の寿命のため、年功序列はあってないようなものでした。そのためか、スキル、マネジメント、コミュニケーションなどで給与待遇を決める能力主義を通り越し、一足飛びに年功の関係しないアウトプットを評価するふんわりとした成果主義が主流となりました。

ものの本には、成果主義は数字を正しく評価して賃金に反映させることで、スタッフのやる気を引き出し、組織を活性化させるとありますが、歯科での現実はどうでしょうか。成果主義を導入する歯科の眼目は、人件費の抑制とスタッフ教育の放棄にあるようで、スタッフのやる気や医院の活性化よりも、「スタッフ教育などの無駄を省き効率よく稼いでもらうこと」という本音が透けてみえます。それは、成果主義にした医院の人事システムから明らかです。医院の成長を前提として、頑張れば頑張っただけ給料が上がるシステムではなく、誰かの給与が増えれば誰かの給与が減る、ゼロサムゲームが殆どだからです。

このような成果主義の医院の勉強会には、「患者心理を踏まえたカウンセリング」とか「ユニット○台でナン億円稼ぐには」などという営業研修のラインナップが揃う傾向があります。医療人のモラルと科学的思考を学ぶのではなく、商人(アキンド)精神をスタッフに注入する勉強会の趣です。働いて金を稼いで生活するという経済的側面だけを掘り下げていくのですから、スタッフの患者や医療に対しての思いも、院長の生活のためだけの医療感が自ずと反映されないわけがありません。

最近の歯科雑誌などで取り上げられる医院や盛況なセミナーのモデルケースは、成果主義から派生した金権体質な医院を範としていることが多いようです。こういった金儲けに成功する勉強会とは一線を画す勉強会を見学させてもらいました。
志を一つにするアップルデンタルセンターOPひるま歯科 矯正歯科鶴見歯科クリニックの合同勉強会です。
病因論などを各医院の院長が教授する座学、カリエスに対しての概念形成の過程を各医院の歯科衛生士の代表が発表し、それに対してのグループワーク、さらには歯科分野に限定されない「学び方の方法論」ともいうべき特講などを朝9:00から昼食を挟んで17:00まで行われ、その後に懇親会というスケジュールです。

アップルデンタルセンター 畑慎太郎院長

詳細は3医院のオリジナルのため割愛しますが、この勉強会の特徴は、スタッフが医院から引き継ぐべき考え方を、全体構成を通じてメッセージしていることです。技術や経営論議よりも、まず医院の考え方、医療のあり方をやんわりと伝えているところが、各医院の院長の人柄が表れていました。

「何を思う?」OPひるま歯科 矯正歯科 晝間康明院長

鶴見歯科クリニック 鶴見和久院長

グループワークの様子

勉強会全体を通じて「人は働くことによって築かれていきます。それは働いて金を稼いで生活するという経済的な意味だけではなく、働くことで自己実現を果たしたり、働いて社会の役に立つことで、生きる悦びや実感を見出しましょう。」といったメッセージが発信されているようでもありました。「人は働くことで人生を生きるのです。あなたはなぜ当院で働くのか、そしてどんな働き方をしたいのかを考えてください。」と、問いかけている感もありました。成果主義医院の勉強会とは、スタッフの能力の引き出し方の濃淡が全く違い、「これぞ本気の勉強会!」のあるべき姿でした。

勉強会に参加した3医院の先生・スタッフの方々と伊藤

入れ歯の大御所からの葉書

村岡秀明先生から季節の葉書が届きました。
笑っているような筆跡の軽妙な文章と入れ歯をモチーフにしたイラストが相まって、村岡先生から季節の葉書を頂く度に、思わず「クスッ」と笑ってしまいます。

村岡先生のイラストの特徴は、アイロニーな感じは全くなく、初代林家三平の落語のようなナンセンスさにあります。しかし今回のイラストは、金属床レンジャーらしき者が予防歯科の象徴の歯ブラシを武器に持ち、「入れ歯大好きの敗者」と自虐的なコピー、実にシュールな仕上がりです。

思えば、村岡先生にお会いしてから25年余りが経っています。当時、歯科界では「補綴を制するは歯科を制す」などと言われ、予防歯科も関心が高まりつつありましたが、まだまだ入れ歯全盛の時代でした。今でこそ私は予防歯科の普及に取り組んでいますが、当時、新参者の私は補綴を入り口にして歯科界へのネットワークを広げていました。同時期に歯周病の勉強会を企画し、日本大学歯学部教授の伊藤公一先生にスピーカーとして何回もセミナーをお願いしましたが、村岡先生の入れ歯セミナーの方が歯科医師の関心度が高かったと記憶しています。

村岡秀明先生からの葉書

当時の私は医療マーケティングが関心事のいわゆる広告屋に近い存在ですから、売って欲しいと言われた診療科目の価値や社会性などは問うことはありませんでした。それは職責の内に入っていないし、広告屋に倫理など無かったわけです。今、流行の内覧会業者と同類項でした(もう少し真っ当でしたが)。人々の欲求や欲望を読み解き、それに添って医院の広告戦略を考え付随して医院シシテムを構築するのが仕事なわけですから、有権者の歯科医師が関心の低い歯周病や予防では仕事にならなかったわけです。

ですから当時は、入れ歯の大家といわれた歯科医師には、多々セミナーをお願いしていましたので、門前の小僧よろしくデンチャーにはかなり詳しくなり、受講者のサクラとして質問もしたことがあったくらいです。それから約25年経ち、今では予防は歯科医療の基盤となり、私は予防歯科の普及に取り組んでいます。入れ歯のセミナーも約20年前に一切やめて、予防セミナーしか開催しなくなって20年経ちます。全ては約20年前に聞いた熊谷崇先生の講演がきっかけでした。ひょっとして「入れ歯大好きの敗者」のコピーは、裏切り者の私に対する御年70歳になられた村岡先生の20年振りのカウンターパンチなのでしょうか?

イヤイヤそうではないでしょう。村岡先生が日吉歯科診療所に伺い熊谷先生にインタビューする歯科雑誌の企画がありましたが、雑誌掲載後、熊谷先生に村岡先生の印象をうかがったところ「彼はとにかく人柄が素晴らしいから」とお話しされていましたから。

求人条件は「建物」を基準に

歯科医師の話を聞くことが私の仕事ですが、1日に4人の歯科医師と会って、2時間おきに求人難についての相談となり辟易とした覚えもあります。それほどまでに、どこの医院でも求人には苦労しているわけです。

ほとんどの求人企業が、

  • 社会保障があること
  • 公定休日が診療日でないこと
  • 18:00終業

を、求職者が歯科へ集まる3要件としています。その他の条件として、残業が少ない、駅近、家族経営でないことなどが続きます。要は、丸の内OL待遇を低学歴でも認めてあげなさいと言うのが、求人企業の言い分です。

仮に低学歴高待遇を認めたとしても、このアドバイスに合点のいく歯科医師が何人いるでしょうか?超売り手市場の歯科労働環境の中で、丸の内OL待遇は既に当たり前となり求人のプロの答えとしては、お粗末にすぎる感は否めません。それと言うのも、不承不承認めざるを得ない高待遇でさえも、求職者の琴線に触れることはないことを、求人がルーティーンとなった歯科医院では、身を以て感じているからです。

話は横に逸れますが、先の3要件全てを満たすことのない歯科医院こそが、実は中小企業の一員として真っ当な判断をしているわけです。しかしその結果、求人費用はドブに金を捨てるが如くのアンビバレンツな状況に歯科界はなっています。その結果、事業内容と規模に準じた健全な雇用条件で求人活動する医院が、求人広告を出す以前に、医院の存続も含めて体制を考え直す時代を歯科界は迎えていることになります。

話を戻します。それでは求職者が求める最上位の雇用条件とはなんでしょうか?院長の人柄がよく、学べる環境が備わっていて、給与も良いなどと言うユートピアな話ではありません。

おおよそ千数百人の歯科スタッフから聞き取りした経験から、求職者は先の3要件よりも職場の「建物」に潜在的に惹かれ、最上位の就職条件としています。こんなことを言うと、「そんなことはない、やはり待遇がポイント」と、たいていの歯科医師から反論されます。しかし、待遇といっても、よっぽど悪かったり飛び抜けて良かったりする歯科医院は、情報化社会の中ではほとんどなく、たいていはある一定範囲に入ってくるため待遇は第一条件にはなりません。それよりも、求職者の感性に訴える建物がポイントになるのです。

明るくて清潔で少しオシャレな建物であったり、都市部のインテリジェントビルの中に存在していたりして、少し歩けば商業地域に出られる場所にある歯科医院ですと、先の3要件なんかは霞んでしまうのが求職者の習いのようです。
地方の医院でも同じことで、理想的な建物がその地域での理想的な場所にあって、ある程度以上の規模(ここが肝心)の歯科医院であれば求人には断然有利になります。

これは経験的にも言えることなのですが、特に若い頃は規模の小さな組織(会社)で、少人数で狭い場所で働いていると、世間の風に吹きさらされているような気分になってくるものです。そういう気分を救ってくれるのが建物の魅力なのです。会社の10年後を信じていない求職世代が、それでもなぜ大企業志向かと言えば、毎日来て働く場所の建物(と立地)の雰囲気を潜在的に重要視しているからに他なりません。あまり大っぴらに「建物が気に入って就職しました」とも言えないだけのことです。

歯科医院も企業と同じです。築35年の雑居ビル4階にある25坪の歯科医院に、求職者が「毎日来てもいいや」って気持ちなるでしょうか?平均給与より1~2万円高い報酬であっても、若い人ほど、そんな気持ちにならないのが自然なのです。

今までの地域歯科医院の給与水準を基準に求人条件を考えていては、歯科医院はいつまで経っても茹でガエル状態を抜け出すことはできません。
医院方針、待遇、教育環境も大切な条件ですが、それらすべては建物(インテリア・立地)に大きく影響されることを前提に求人条件と広告を考えてみてはいかがでしょうか。

むし歯0から1の価値を生み出す

デフレからの脱却を謳うアベノミクスから4年、雇用指標は改善傾向にあるものの依然として消費拡大に繋がる気配がありません。総務省の資料を見ると、食料品や衣料品などの個人消費が停滞し、モノが売れないデフレ状況に変化はありません。

歯科はどうかと言えば、国民総医療費に対する歯科医療費の割合は、平成28年は前年を下回り、平成12年以降の横ばいトレンドが続いています。生活の基本である食品と衣料の消費が低下する中、とりわけ国民医療費に含まれない自由診療に活路を見出すことは、下りのエスカレターを駆け上がる程度の運動神経と体力が必要になってきます。

それでも、歯科医療費の総枠拡大が見込めないために、個々の歯科医院が自由診療に突破口を見出さざるを得ません。このような状況を反映して、歯科医院では「顧客満足」というスローガンを呪文のように唱え、「ネット予約」と「自費の安売り」が織りなす“量”の拡大の狂想曲が響きわたっているように感じます。

どうでしょうか、「ユニクロ栄えて国滅ぶ」という論考がありましたが、デフレや歯科医院の過剰をエクスキューズにして、「便利さ」や「安さ」ばかりから顧客満足を追求すれば、歯科医院はますます劣化していくように思います。

本来顧客満足度を高めるためには、徹底的に生活者の側に立ち“質”を追求する必要があります。簡単そうですが、これほど難しいことはありません。数多の理由の一つとして、この20年余りで口腔内の状態は向上し、12歳児のむし歯は1歯を切り、これから先に生活者が歯科医院に何を欲しているのかがわかっていないことが挙げられます。

しかし、確実なことは歯科医院も社会の中に存在している限り、顧客満足の在り方が量から質への変化が訪れていることです。これは感覚的な言い方ですが、歯科の仕事は1本のむし歯治療を膨らませて10の仕事を作ることから、むし歯0から1の価値を生み出すことに変わってきているのです。

人は人が集まる様子を見て集まってきます。「便利さ」や「安さ」に満足を求める人の集まりには同じような人が集まってきます。健康な人の周りには生活の“質”を大切にする健康感の高い人が集まってきます。感情は目に見えませんが、健康感の高い人が集まる歯科医院は、健康な人と穏やかに繋がり、人々に健康の連鎖を促し、「便利さ」や「安さ」がなくとも社会と繋がっていくように思います。

現在、歯科には穏やかな淘汰が起こっています。淘汰の時代、歯科医院はむし歯0から1の価値を生み出す仕事をするべきではないかと思います。