最近、歯科医院の経営相談の中身が、少し変わってきたように感じています。
以前であれば、診療体制や人員配置、数字の動向といった、いわば「経営の中心」にある話題がほとんどでした。
ところがここ数年、そうした実務の話題と並んで、もう少し性質の異なる相談が増えてきています。
ひとつは、深刻さを増す歯科衛生士の求人の問題。
そしてもうひとつが、Google口コミをはじめとした匿名の評価への対応です。
率直に言えば、私は口コミというものに、経営の指針としての関心はほとんど持っていません。
そこに過度な注意を払うよりも、磨くべき本質が別にあると考えているからです。
診療の質や組織の安定、患者との信頼関係といったものは、匿名の評価に左右されるべきものではありません。
しかし、現場の院長の立場を思えば、そう簡単に割り切れないことも理解できます。
たった一つの低評価が、新患数に直結する現実がある。経営に影響が出る可能性がある以上、「気にしない」という態度を貫くのは、決して容易ではないでしょう。
そうした相談を受けるうちに、私自身も静観しているわけにはいかなくなり、実際の口コミと医院側の返信文をいくつも読み込んでみることにしました。
そこで気づいたのが、ある一つの言葉の使われ方でした。
匿名の書き込みに対して、「お言葉」という表現が、あまりにも自然に使われているのです。
「貴重なお言葉をありがとうございます」
「厳しいお言葉として真摯に受け止めます」
一見すると、丁寧で誠実な印象を受けます。
むしろ、よく気を遣っている医院だという評価さえ得られるかもしれません。
しかし、ある医院の返信文を読んだとき、私は画面の前で手が止まりました。
「貴重なお言葉をありがとうございます」と書かれたその返信文の下に、
星一つの評価が、無言で並んでいたのです。
その光景は、妙に象徴的に見えました。
丁寧な言葉と、突き放すような評価。その落差の中に、何かがおかしくなっている現場の空気が、凝縮されているように感じられたのです。
「お言葉」という表現は、本来、人格と責任が紐付いた、顔の見える相手に対して使うものです。
もともとは、天皇や皇族に対して用いられる極めて格式の高い敬語表現であり、そこから転じて、上司や恩師、あるいは長年の信頼関係を築いてきた取引先など、敬意の対象が明確な相手に対して使われてきました。
そこには発言の主体があり、その言葉に重みを与える背景があります。
ところが、匿名の口コミはどうでしょうか。
誰が書いたのかも分からない。
実名かどうかも分からない。
内容が事実かどうかの保証すらない。
そうした不安定な対象に対して「お言葉」と返してしまうと、日本語としては、敬意の向かう先が宙に浮いてしまいます。
では、なぜこれほどまでに「お言葉」が多用されるのでしょうか。
これは単なる言葉遣いの問題というよりも、経営環境が生んだ防衛反応のようなものだと、私は感じています。
新患獲得は年々難しくなり、競争は激しさを増しています。
口コミの評価が集客に直結するという現実もあります。
「低評価が怖い」
「波風を立てたくない」
「とにかく感じよく見せたい」
そうした心理状態の中で、医院側は無意識のうちに、匿名の書き手を上位者のように扱ってしまうのではないでしょうか。
つまり「お言葉」という表現は、誠実さの表れというよりも、経営的な不安の表出として選ばれている側面があるのです。
この現象には、もう一つの歴史的な流れも関係しているように思います。
約20年ほど前、接遇改善や患者中心医療の流れの中で、「患者様」という呼称が国公立病院を中心に広がっていきました。
行政の接遇向上指導の影響もあり、多くの医療機関で当然の作法のように定着していきます。
しかしその後、医療者への過剰要求やカスタマーハラスメントが社会問題化する中で、現在では「患者さん」に戻す動きも各地で見られるようになっています。
言葉は関係性を定義します。
そして関係性は、行動を変えます。
「様」という敬称が常態化すれば、患者と医療者の関係は、無意識のうちに上下関係のようなものへと変質していきます。
匿名の口コミに「お言葉」と返す行為には、その延長線上にある危うさが潜んでいるように思えてなりません。
ここで整理しておきたいのは、
丁寧であることと、へりくだることは同じではないという点です。
匿名の場において必要なのは、過剰な敬意ではなく、適切な距離感です。
たとえば、次のような表現で十分です。
- ご意見
- ご指摘
- コメント
- 投稿内容
「いただいたご意見について、当院の考えをお伝えします」
これだけで、失礼になることはありません。
むしろ、医院としての立場が明確になります。
口コミへの返信は、投稿者本人への回答であると同時に、これから来院を検討する第三者へのメッセージでもあります。
そこに過剰なへりくだりがあれば、
「この医院は匿名の声に振り回されている」
という印象を与えかねません。
歯科医院の社会的地位は、残念ながら決して上向いているとは言えない時代です。
その中で、言葉の壁まで自ら下げてしまえば、状況はさらに厳しくなるでしょう。
丁寧であること、誠実であることは大前提です。
しかし、専門職が自らの立場を曖昧にする必要はありません。
誰に敬意を払い、
誰と対等に向き合い、
どこで距離を保つのか。
その選択は、すべて言葉に表れます。
医院の格は、設備でも価格でもなく、
どんな言葉を選ぶかで決まります。
匿名の口コミにどう向き合うのか。
その答えは、すでにあなたが選んでいる言葉の中に表れているのかもしれません。

