操作心理学は医院精神を貧困にする
仕事柄、様々な会社からメールやFAXが入ってきます。先般は、「歯を救うだけでなく患者の人生も救うカウンセリング」と銘打ったチラシが送付されてきました。チラシを裏返すと、随分と尊大なコピーに対して、スーツ量販店の店員風だが講師とおぼしき歯科医師5人がコーラス並びをしている写真、そのアンバランスさに思わず吹き出してしまいました。「人生を救う」って、5人が5人とも一見してプロとして一人前の面構えができておらず、自分を知らないにも程があるというものです。
このチラシを親しい若手歯科医師に見せて感想を聞いてみると、「内容はさておきスタッフに自費で稼ぐ意識を持ってもらわないと、求人にも金がかかり人件費も上っているので、このセミナーに参加する歯医者の気持ちもわからないではない」とのこと。
そこで首都圏の歯科医院では、どれほど採用コストと人件費が歯科医院経営に影響があるのか調べてみました。2015年の総務省の労働力調査によると、働く女性の56%が非正規雇用です。そのうち約半数が35歳~54歳で年収250万円未満が約70%を占めています。歯科界はどうでしょうか。都内では歯科衛生士の有効求人倍率が約15倍もあるにもかかわらず、歯科衛生士養成学校18校のうち14校は募集定員割れしており、完全に需給バランスが崩れています。圧倒的売り手市場のため、新卒歯科衛生士の年収は、300万円(都内歯科衛生士養成校調査)あまりが相場になっています。
歯科医院では職場内の給与バランスをとるために、新人歯科衛生士の好待遇に引っ張られ既存スタッフの給与も上昇する傾向にあります。その結果、歯科医院では、膨らむ人件費に見合う働きをスタッフにも求めることになり、教育・研修は利益に直結する内容になる傾向があるようです。この7~8年はスタッフ向けの「増収増患」「自費補綴誘導」「継続来院」を目的とした心理学まがいの対人対応訓練セミナーが目につきますが、医療人として「働く意味」をわかっていない人材に、患者心理の読み取りスキルを研修するリスクを院長たる者、認識して欲しいものです。
技術から始めない、「仕事の基本姿勢」を教える
もちろん医療人としてプロを目指すかぎり、スキルやテクニックなどの技術的な要素は必要です。しかし、プロとしての教育・研修を、「技術」を学ぶことから始めると、視野が狭くなり医療機関で働く人としての素養を身につけることなく、日々の仕事に流されていきます。なぜなら技術を学ぶことは、比較的早く具体的な効果や周囲の評価を実感でき、自分がプロとして力をつけたと錯覚する魔力があるからです。このことをしてコンサルタントは“○○日で成果がでるセミナー”と訴え、歯科医師も期待をするのでしょうが、世の中にそんな安直なことはなく、そんな歯科セミナーの常連ほど小金稼ぎの二流留まりがいいところで、決して一流の医院にはなれません。
技術優先の学び方は、思い通りにいかない仕事は避ける、他のスタッフの仕事には無関心、患者の本当の気持ちをわかろうとしない、そうした壁に突き当たります。それは、なぜでしょうか。ただ「仕事の技術」を身につけているだけで、その奥にある最も大切な「働くことの本質」を理解していないからです。
「仕事への基本姿勢」を身につけていないと、人は「あさましい価値観」に染まります。その代表的なものが、歯科界に跋扈する「操作主義」です。『患者心理を知り自費率を上げる』といった類の広告がインターネット上に溢れています。目の前の患者を、あたかもモノを扱うように自由に、意のままに操り、自費へと誘導できるという発想。そんな操作主義に染まってしまうと、営業マンとしては優秀かもしれませんが、医療機関で働く人としては一流にはなれません。
操作主義に染まった医療機関で働く人は、自分の心の奥にある歯科医療に対する勉強不足という劣等感や本来あるべき姿の医療人に対する卑小感を解決しないまま、いっぱしのプロになった気分になるので始末が悪いのです。さらに操作主義と一対なのが「患者は医療のことはわからないから意のままになる」といった「おごった患者観」です。「おごった患者観」は、医療機関の価値をその規模や売上でしか見なくなる傾向に繋がっていきます。こうした「操作主義」や「おごった患者観」に染まった瞬間に、スルガ銀行の行員が偽装説明したように患者にカウンセリングをするのです。
医院が一流に近づくほど、操作主義にまみれたスタッフは医院にとっては足かせになります。そんなスタッフの偽装的カウンセリングに一度は騙されても、それを信じ続ける真っ当な人(患者)はいないからです。偽装は補綴コンサルなるものの教材を見れば明らかです。歯の寿命を保つための歯内療法と歯周病の説明はほとんどなく、人工物の審美性・機能性・耐久性そして経済性に終始します。そもそもどんな材料で修復しても人工物は生体ではないので、病状の回復と共に良くなることはない事実を教えていなのですから、医療のカウンセリングではなく、20年前の悪徳歯科の代名詞だった貴金属商人のセールストークに近いのです。歯科医学を体系的に学んできた歯科医師ならば、こんなカウンセリングは噴飯もののはずです。スルガ銀行ではまじめな行員ほどすぐに退職していったように、貴金属商人がいる医院では、真っ当な患者ばかりか真っ当なスタッフも離れていくために一流の医療機関になれるわけがないのです。
「目に見えない報酬」の価値を伝える
「仕事の報酬とは何か」という問いも、スタッフに「仕事の本質」を定めるためには大切です。仕事の報酬には「目に見える報酬」①収入や②職位があります。「目に見えない報酬」には、①働き甲斐②キャリアアップ③人間的成長④人との出会い、があります。一流といわれる人は、「目に見えない報酬」を大切にしています。収入を働くことの最上位にするスタッフは、医院全体の事、他のスタッフの仕事を理解する姿勢が不足しがちです。「仕事の報酬は仕事」とよくいわれますが、働き甲斐自体を素晴らしい報酬と考えることができないのです。
技術も高く知識もあるけれど、医院運営の基礎になる仕事を引き寄せることができないスタッフがいます。なぜでしょう。そういった人は自分の収入を多く獲得する「ゼロサム報酬」には執着するけれど、医院全体で力を合わせて増やしていく「プラスサム報酬」に関心がないために、全体評価の仕事から見放されていくからです。もし、院長が「ゼロサム報酬」に執着するスタッフを評価し続けるとしたら、まじめなスタッフから医院を去っていき、二流留まりは間違いありません。歯科界でコンサルタントと組んで講師や教材モデルになっている歯科医院(歯科医師)のほとんどは二流です。二流を模して一流になれるはずもなく、十把一絡げが定席です。
「プラスサム報酬」とは、働き甲斐・能力・成長・巡り会いといった「目に見えない報酬」です。「プラスサム報酬」を上位に意識付けすることで、スタッフ全体が生き生きと働くようになります。売上が個人に還元される「ゼロサム報酬」は医院に一時的競争意識をもたらしても、医院全体に働き甲斐をもたらすことはないからです。「目に見えない報酬」を上位にすることで医院評価が上がり、結果として個人の「ゼロサム報酬」も増えていくことを理解させることがスタッフ教育・研修では優先されることです。
一流を目指す医院ならば、「働く意味」と「仕事の報酬」を知らしめ仕事の基本姿勢を徹底するべきです。心理学まがいのカウンセリングを導入したり、売上コンテストのような「ゼロサム報酬」に依存したりするべきではないでしょう。成果をあげ成長していく医院は、コンサルタントから学ぶのではなく一流の歯科医師から直接学び一流になっていくものです。スルガ銀歯科にならないために、コンサルタントにご用心!です。
(クレセル・UPDATE vol.8 より一部引用)