Amazonよりも「いい歯科医院」になるために

コンサルブログ | 2020年1月29日

AIがおすすめの本を教えてくれる便利な世の中ですが、休日になると神田神保町界隈の本屋を徘徊しています。本屋の空間に身を置くことで、日常の垢を落とし、新たな好奇心を呼び起こしに行くといった感じです。出版流通機構はAmazonやネット書店が席巻し、街場の本屋さんは見る見るうちに減っていますが、それも無理からぬところです。自宅からでも職場からでも三省堂、旭屋、ジュンク堂などの大手書店に、自転車で行ける距離の私でさえもAmazonを度々利用しているぐらいですから。

ネットで便利にお目当ての本は買える世の中ですが、神田神保町界隈の本屋のハシゴをすると、頭の中が整理されシャキッとしてきます。私は、ネットではすでに読みたいと決まっている本を買い、街場の本屋には読むべき本の気づきを求めて出向きます。ですから思いもしていなかった本をついつい買ってしまうのが、私にとって「いい本屋」になるのです。

AIがどんどん教えてくるおすすめの本は、すでに私の中で顕在化された欲求の押し売りのような感じで、ノイズ以外の何物でもありません。一方、馴染みの本屋ではまだ顕在化されていない欲求を知ることになり、自分がどんな本が読みたかったのか、何に興味があるのかを啓示してくれる存在です。

平積みされた本の装丁と帯のコピー、書棚に並んだ本の背表紙のタイトル、短時間で人間社会を俯瞰できるのが本屋の魅力です。およそ人間社会を構成する要素が本屋の書棚には反映されています。文芸、歴史、科学、政経、哲学、音楽、スポーツ、恋愛、サブカルなど、多様な情報を短時間で浴びることができ、自分の中の潜在的欲求が刺激されます。購買以前の知的好奇心が高揚されるのです。しかし、このインスピレーションは全ての本屋で起きるわけではありません。

知的好奇心を高揚させる本屋はそうはありません。多くは駅ナカ書店に代表されるように、ベストセラーとタレント本と文庫、コミックばかりでインスピレーションが起きることもなく、どこに行ってもつまらないのです。それならば、新書、古書、洋書、電子書籍と4種類の選択肢があり、一読者のとんちんかんなレビューと明らかにプロの編集者のレビューが混在するのも面白いAmazonを利用した方がましなわけです。

出版物購買額の比率(2018年)はリアル書店(街場の本屋・駅ナカ書店・コンビニなど)69%とネット書店(Amazonなど)31%で、この数字を反映してリアル書店は2006年に14555軒あったものが2018年には9692軒にまで減少しています。Amazonの年商は1500~2000億円ぐらいと言われ、最近の年間の書籍の販売額は6996億円ですから、日本の書籍の4~5冊に1冊はAmazonを経由しているということになります。それでは、この10年あまりで廃業した約4800軒の本屋は、Amazonの影響を受けたことが原因だったのでしょうか。

Amazonは遠因にはなっていますが、直接的な原因ではないでしょう。それはAmazonがネット書店として、便利さだけで生活者に受け入れられてきたわけではないからです。Amazonが日本に上陸する以前、丸善や紀伊国屋でもオンライン書店(当時はそう呼んでいた)を展開していましたが、品揃えも悪く購入手続きが面倒で私は使った試しがなく、周囲も同じような感じでしたから、おそらく街場の本屋の売り上げにはほとんど影響はなかったように思います。

ところがAmazonが日本に進出してからの20年余りで本屋は激減しました。それは流通システムの便利さだけで生活者の利益に応えたのではなく、顧客最優先というAmazonの理念が反映されたサービスが、街場の本屋のサービスを上回っていたからに他なりません。街場の本屋が世の中の変化にどう対応するかを考えているうちに、Amazonが新しい変化を創りあげて社会に受け入れられたため、廃業へと追い込まれて行ったのでしょう。

既存の本屋が社会の方向を見て業態変化しなかったことは、メディアからの情報で容易に想像がつきます。自分が置かれている状況が悪くなると、以前はブックオフを槍玉に挙げ、現在では電子書籍や活字離れ読書離れに因を求めています。自ら変わろうという姿勢がないのです。どこの本屋も同じような品揃え、同じような店舗構成になっていて、社会が進む方向や生活者にとって何が有益になるかよりも、取次店制度という護送船団の中でなるべく競争が起きないように、変化を起こさないようにとしている感じです。顧客よりも自分たちの業界都合を優先していただけのように思えます。例えば欲しい本がなかった時、街場の本屋では1週間程度は当たり前に待たされますが、Amazonでは2~3日で自宅にまで届きます。これでは本屋の取次店制度とは何のためにあるのかと思わない方が不思議です。こんな業界体質がAmazonの出現によって社会に浮き彫りにされた結果、本屋の大量廃業となったのではないかと思います。

廃業する本屋の中で、先に伝えたように生活者のインスピレーションを引き起こし、Amazonとは違う価値を持った小規模の本屋が出現してきています。その中には取次店制度から外れ、独自で本を仕入れるために、入手できない出版社の本も少なくないのですが、店主の世界観を持って生活者に気づきを与えてくれます。ひと昔前の取次店制度下の本屋では、本を売ることに軸足を置いてきましたが、これからは高い志が問われています。本屋が社会と一体になって、どう世の中を幸せにするのか。幸せになる気づきを手渡せるのか。本やサービスの上にそのビジョンが必要になってきます。

出版社業界はAmazonが進出したことで、取次店制度という護送船団方式の業界が劇的に変化しました。制度に従属してきた街場の本屋は、目の前の本を売るという仕事に追われ、その水に馴染んでしまった結果、かつては見えていた世界の動きも、社会の流れも目の前で霧散霧消し、「顧客だって本屋はそういうものだと納得している」と思考を停止してしまうのです。伝統もあり一等地で多くの顧客を抱えている本屋ほど、信じられないほど大きな時代のズレも、閉じられた環境の中で感じなくなっているのです。その結果の大量の廃業ではないかと思います。

長々と出版業界のことを書きましたが、出版業界は生活者の利益を優先することなく、出版社と書店の経営、そしてその経営を守るための取次という制度を守ることで、時代に置き去りにされたのです。こんなことはどこの業界でもありそうなことですが、10年余りでおよそ1/3の本屋が消滅するというのはかなりの激震で、歯科業界も他山の石としなければならないでしょう。歯科業界は歯科メーカー→一次卸・二次卸→歯科医院という流通機構の枠組みの中で、「患者様」とは口では言いながら、その実態はお寒い限りではないでしょうか。せめて生活者利益に目線があるAmazon、できれば本そのものだけ売るのではなく、生活者のインスピレーションを引き起こす小規模の本屋のように、「業界ではなく時代を見る」歯科医院、「社会に幸せになる気づきを手渡せる」歯科医院の出現が待たれます。