1960年代、お茶の間をフリーズさせた「一瞬の美学」
1960年代、レナウンのCM「イエイエ」が流れた瞬間、日本のお茶の間は“フリーズ”状態になりました。
それまでの広告といえば、「これ安いよ!」「これ効くよ」と商品名を連呼する、いわば拡声器を持った押し売り型が主流でした。ところが、彗星のように現れた「イエイエ」は違いました。商品名は、CMの流れの中で心地よいアクセントとなる程度に抑えられていたのです。
画面に広がるのは、サイケデリックなイラストとポップなリズム。見る者の感性に直接語りかけるような、衝撃的な広告でした。
作詞は野坂昭如氏、作曲は小林亜星氏。
この黄金コンビが生み出した言葉と旋律は、もはや広告の枠を超えた「文化」そのものでした。高度経済成長期の日本に、新しい価値観が流れ込んだ瞬間だったのです。
野坂氏といえば、『おもちゃのチャチャチャ』で子どもの心に寄り添い、サントリーのCMでは「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか……みんな悩んで大きくなった」と、大人の実存を軽やかに歌い上げました。そこにあるのは商品のスペックではなく、「その商品がある生活の物語」でした。
半世紀以上たった今でもあの色彩やメロディが記憶に残っているのは、そこに「ゆとり」と「美学」があったからでしょう。デザインの世界で言えば、それはホワイトスペース ―― 「余白」の美学です。
しかし、現代の歯科医院のホームページからは、その「余白」が消えてしまいました。
令和の歯科HPは、1950年代に戻っている?
現代の歯科医院のホームページを眺めていると、どこかデジャヴのような感覚に陥ります。デザインこそ最新ですが、その発想はむしろ「イエイエ」以前の、前時代的な広告に近いのです。
ページを開くと、そこにあるのは美学ではなく「カタログ」です。
院長は顕微鏡を覗く姿で登場し、設備や診療科目が事務的に並ぶ。
インプラント、審美歯科、マイクロスコープ、CT……。
それは、ホワイトスペースの美学ではなく、通信販売のカタログそのものです。
もちろん、これらは大切な医療技術です。
しかし、スペックを並べるだけでは、医療の本質は見えてきません。
街の看板も同様です。「インプラント」「矯正歯科」といった記号が並ぶほど、本来医療にあるはずの品位や奥ゆかしさが、どこか薄れていくように感じてなりません。
業界の重鎮ほど陥る「デジタル自己宣伝」
興味深いことに、こうした傾向は若い歯科医師だけではありません。むしろ、業界で長く活躍し、研鑽を積んできた重鎮のホームページほど、その傾向が顕著なことがあります。
ある著名なスタディーグループの先生のサイトを拝見したときのことです。
フロントページをスクロールしても、なかなか終わりが見えません。そこには院長の写真や過去の実績が、これでもかと繰り返し現れます。
40年、50年という長いキャリアと実績は、本来なら口コミや紹介によって自然に広がり、信頼として蓄積されているはずのものです。その歯科医師人生の重みが、過剰なデジタル自己宣伝の中に埋もれてしまうとしたら、これほど皮肉なことはありません。
歯科ホームページは「売り場」ではない
私は歯科医院のホームページのディレクションを行う際、大手制作会社が多用する「成約率重視」のマーケティングとは、明確に距離を置いています。
なぜなら、医療は「商品」ではないからです。
歯科ホームページは、ネット通販のランディングページではありません。
飽和したこの業界で、どれほど大きな声で「すごい治療」を叫んだとしても、それはやがてノイズとして処理されます。
むしろ必要なのは、その医院が何を大切にしているのかを「静かに語ること」ではないでしょうか。私たちが本来出会うべきなのは、スペックに引き寄せられた「客」ではなく、医院の理念や医療観に共鳴してくれる「パートナーとしての患者さん」のはずです。
「イエイエ」の精神へ、時計の針を戻す
最後に、「イエイエ」の精神へ時計の針を戻してみたいと思います。
私がホームページを設計するとき、フロントページにまず並べるのは治療メニューではありません。そこに置くのは、その医院の医療観を象徴する言葉です。
たとえば、アクセルソン博士が提唱した予防歯科の思想。あるいは、その医院が長年守り続けてきた診療哲学。ホームページは履歴書でも売り場でもありません。「対話の入り口」です。
「イエイエ」が服のスペックではなく、新しい生き方を提示したように、歯科医院のホームページもまた、治療の羅列ではなく、その医療が目指す「人生」を語る場所であるべきではないでしょうか。
顕微鏡の写真を並べることよりも、患者さんのライフスタイルと未来を見通すこと。
技術を誇ることよりも、医療の哲学を示すこと。
医療は、本来とても静かな営みです。
歯科界もいま一度、あの「イエイエ」の時代の美学に、静かに立ち返る時期に来ているのかもしれません。

