アマゾンの長老に学ぶ

月末は地方の歯科医院や歯科医師との仕事が多くなり、移動時間に本や資料を読み過ごす時間が多くなります。5月末の移動では、十数年前にスクラップした経済学者宇沢弘文氏(故人)の「地球問題の論理的意味」を再読して、当時印象に残った一文が、十数年経ってさらに身にしみて感じ入ることになりました。

この小論は全体として、近代的科学技術を盲目的に信頼する生き方と資本主義経済を批判的な視点で捉えており、アメリカの製薬会社が開発する新薬の75%がアマゾンの熱帯雨林の周縁に居住する小数民族部落の長老やメディシィマンからの伝承的医療を基にしているエピソードを通じて、現代文明(主に資本主義)の病理的現象を見事に浮かび上がらせています。とりもなおさず、この現象は近年の歯科医院経営のあり方への警笛のように聞こえてきます。

そのエピソードを要約すると、長老やメディシィマンの中には、アマゾン熱帯雨林の中に生息する動植物・微生物や土壌・鉱物などを材料にした疾病・傷害の5千種類におよぶ治療法を知っている人もいるといいます。製薬会社の専門家は、これらのサンプルを持ち帰り、ラボラトリーで化学分析をして、人工的に合成し、新薬として売り出すそうです。近年、アメリカの製薬会社の多くは巨額な利潤を享受していますが、その大部分は、このようにしておこなわれている新薬開発によるものといわれています。

この状況を知ったブラジル政府は、製薬会社からアマゾンの長老たちに特許料を支払う制度をつくったそうです。資本主義経済にどっぷりと浸かった私たちからすると、当たり前の制度であり、新薬の開発情報をネコババ的に搾取している製薬会社の姿は、大航海時代のヨーロッパ人が、未開地から香辛料などの地産品を搾取していた時代の写し絵のように見えてきます。

話を戻しますと、現代の私たちなら当然の権利として特許料を受け取るでしょうが、アマゾンの長老たちはこぞって、特許料を受け取ることを拒否したそうです。それは、自分たちの持っている知識が、人間の幸福のために使われることほど嬉しいことはなく、その喜びを金にかえるようなさもしいことはしたくないとの理由からだったそうです。

翻って見て、利潤を追求してやまない資本主義的企業の末端にある歯科医院とそれに関わる流通小売・情報産業・コンサルティング業などのあり方と、アマゾンの長老たちの清々しい生き方とのあまりに鮮明な対照に、恥じ入るばかりです。実のところ利益を追求するためにホスピタリティーという言葉を頻発したり、患者利益としたり顔で語ったりする私たち医療関係者は、アマゾンの長老たちに医療の真髄を学び直さなければならないでしょう。