歯科医師はいつまで、旧い価値観にとらわれているのか?

コンサルブログ | 2019年10月21日

~歯科大9校の定員割れが意味するもの~

歯科業界の旧い価値観を壊す学生たち

学生向け進学ガイドの歯学部特集の中で、女子学生に向けて「歯科医師は国家資格で“手に職”を持つ技術職ですから、出産・育児などで休職しても十分な技術と臨床力があれば、復帰や再就職も難しくありません」と、あります。「手に職を持つ」という文言に加え「医療職」ではなく「技術職」と断定していることに違和感を覚えます。周囲の何人かに意見を求めると、「わかりやすいじゃない」「何かおかしい?」といった反応が全てでした。手に職を持つ、技術職、つまり「職人」という歯科医師の価値評価は、令和の世の中においても、どうやら一般的なもののようです。私には時代錯誤と感じる価値観ですが社会に植え付けたのは他ならぬ歯科医師自身で、それはとりも直さず「むし歯洪水」時代の1960年頃の価値観から、歯科医師が抜け脱せないことを意味しています。旧い価値観にとらわれている人は、その価値観の中に存在している限り幸せならば、その価値感を壊すことはありません。歯科医師にとっての旧い価値感とは、技術職として国民皆保険制度に依存することです。国民皆保険制度がひび割れ旧い価値感になることを、サービス業化して凌ごうとする歯科医師もいますが、それは弥縫策に過ぎません。いつの時代も旧い価値観を壊すのは若い人たちです。歯科業界も例外ではなく、歯科大学への受験者である学生たちが、旧い価値観によって創られた歯科大学を壊し始めています。

歯科大9校の定員割れの背景

日本の大学の淘汰が始まっています。18歳人口はピークだった1992年当時から4 割減ったのに、大学数はほぼ同じ期間に1.5倍に増え、10数校が募集停止や廃校に追い込まれています。専門教育をする歯科大学・学部も例外ではなく、1960年代から大幅に増加した歯科大学・学部では、むしろ学生不足の先例を示す結果になっています。「むし歯洪水」といわれた状況が1960年代に起こり、歯科医療の需要の増大とともに歯科大学・学部は1961年から18年間で22校(学部)が急増。歯科医師不足という社会的要請とは言え、1960年代当時に比べ約4倍の急増は、歯科医師過剰という皮肉な状況を生み出して現在に至っています。この状況は、生活者に良質な歯科医院を選択する幅を広げる一方で、不良歯科医院の増加と歯科医師のワーキングプアという現象も引き起こしています。それは歯科の社会的評価の凋落の引き金となり、学生離れに拍車をかけるきっかけになりました。現役歯科医師が様々な弥縫策をもって旧い価値観を取り繕うほどに、足元が崩壊していく様の象徴が、歯科大学・学部9校の定員割れです。

「むし歯洪水」時代の価値観を払拭する

定員割れの歯科大学・学部は国立2校私立7校、入試偏差値が30~40台(国立除く・河合塾調べ)、留年率が30%前後(国立除く・文部科学省資料)、直近2年の国家試験合格率が30%台(国立除く・文部科学省資料)、という傾向があります。近年、一般大学も地方大学は定員割れが顕著ですが、歯科大学・学部は首都圏においても定員割れを起こしています。元来が私立歯科大学・学部は縁故・推薦入学枠があるために定員割れする要素は少ないはずですが、約3割の歯科大学・学部が定員割れを起こして不合格者のいないFラン大学となっています。日歯連事件による負のイメージ、マスメディアによる歯科バッシングなどが、このような状況の引き金になったことは確かです。しかし、一番の原因は1960年当時の社会的需要によって増えた歯科医院が、2019年現在の社会的需要に見合ってないことです。それにも関わらず、この状況から抜け出せない歯科業界の後進性に学生がそっぽ向きFラン大学化しているのです。その最たる例は身内から起きています。歯科医師の子弟が歯科大学・学部に進学しなくなっています。以前から高学力の子弟の場合は医学部へ進学するのはお決まりでしたが、普通の学力の子弟までも歯学部を選ばなくなっています。歯科大学・学部では国家試験を通らなかった場合に選択できる職業が少ない、歯科医師になったとしてもそれまで投資した資金を回収できる目処が立たない、といった現実的問題も横たわっていますが、問題はそれだけではありません。ある進学校では私立歯科大学・学部へ進学することは敗者を意味し、「こんな成績では歯科大しかいけないよ」と当たり前に言い交わされているそうです。こんな状況ですから、今の歯科業界では再び社会の評価を取り戻すことは難しいと、学生たちが感じても無理はないのです。まず取り組むべきことは、歯科業界に身近な歯科医師の子弟が業界に再び飛び込んでくるように、1960年代の業界価値観を現役世代の歯科医師が払拭することです。

サービス業化して自爆する歯科業界

業界全体が低迷しているためか、若手歯科医師も歯科大生も「歯科医師として医療職らしく働き、能力的にも人間的にも成長して、社会に貢献しよう」といった人は少なくなってきています。本来「歯科医師として社会から尊敬されたい」といった承認欲求は、能力向上による自立や社会的・道義的責任を高めることで満たされるものです。しかし、近年の若手歯科医師の承認欲求は、「お金持ちになりたい」といった幼い形で発露されています。その矛先は必然的に臨床へと反映されます。例えば、社会の予防医療の需要は歯科へも押し寄せてきていますが、歯科医師は医療職としてその需要に誠実に応えようとはしていません。メンテナンスならば、口腔と生活習慣を考慮することなく、何も考えずに毎回3~4ヶ月おきと決めたり、治療ならば、その時の来院患者数次第でアポイントの間隔が延びたり、反対に毎日通わせたりと受付の裁量任せです。これは社会が求めている予防医療でしょうか。本来ならば口腔管理をする予防の担い手の歯科衛生士も、サービス業のCRMの担い手となってアポイント管理をしているに過ぎません。患者教育ツールもだ液検査も営業ツールとなっているのが現実です。予防医療が社会的気運となり、歯科医師は技術職から医療職へと進化することが社会的要請であるのに、歯科医師はサービス業化して成功することで承認欲求を満たそうとしています。この様は業界全体で社会的需要を読み違えて自爆しているとしか見えません。

医療のサービス業化という錯誤

サービス業化する歯科医師は、学生たちからそっぽを向かれるだけではなく、患者からは怒鳴られ、スタッフからはなじられる、こんな光景も珍しくなくなりました。社会が医療職へ持つ尊敬の念はサービス業化という弥縫策が進むに従い薄れてきている証です。この発端となったのは、2011年に厚労省が発表した「国立病院・療養所における医療サービスの質の向上に関する指針」として「さま付け」が、国民の信頼確保と質の高い医療の提供を目的として、国立病院などの体制を整える具体的な方法の一例として示されたことにあります。指針には、あくまでも「さま付け」は丁寧な対応をする心得の一例と明記されています。ところが一部のマスメディアが「患者さま」は厚労省勧告で、医療施設のスタッフは患者を「患者さま」と呼ばなくてはいけなくなった、というゆがんだ解釈を国民に向けて発信したのです。これを鵜呑みにした歯科コンサルや歯科ディーラーらが、いわゆる「患者さまセミナー」や出版を通じて、歯科医院に表層的なサービス業化を浸透させていったのです。しかし、厚労省通達を受けた国立病院では、呼称の変化により患者からの暴言や暴力が増えたために、本来の医療サービスが提供しづらくなったことを理由に、ほとんどの医療施設では「患者さま」から「患者さん」へ戻しています。然るに歯科業界では、依然としてサービス業化が歯科需要を拡大すると錯誤してか、この10年あまりの時間を無為に費やしてきました。それも現役歯科医師が、「歯科は特殊だから」という常套句をもって業界価値観を変えようとする意識をぼやかしてきたからです。

歯科産業の進歩から歯科医療の進化へ

以前、私が欠損補綴やインプラントのセミナーを開催するたびに、「医療とは症状を治すのではなく、病気を治すことで、そのための診断能力が医師の基本的能力。そのことを君はわかっていない」と、現在でも私の医療論拠の支柱とする心臓外科医から苦言を呈されたものです。それから10数年経った今、彼の言わんとしていたことが、現実のこととして理解できます。審美性を追求することも、新素材を利用することも、最新の機材を使用することも、新たな修復のテクニックを駆使することも、歯科産業の進歩であって歯科医療の進化には繋がらないのです。技能進歩に向かって歯科医師が努力することは、歯科業界に新しい局面を開くことはなく、歯科医師の医療的評価を高めることもないのです。そのことはこの10年あまりの歯科医師への社会的評価が物語っています。歯冠修復物の適合状態、補綴物の形態や精度、歯内療法後の根菅充填状態、それができることは技能として必要なことですが、歯科医師の医療の尺度をそこにおいていては、歯科業界の旧い価値観は何も変わりません。歯科業界の目標が8020の達成とするのならば、歯科医師として求められることは、抜歯や抜髄、歯冠修復、欠損補綴といった技術行為の優劣にあるのではなく、むし歯と歯周病という病気を治すための診断能力こそが歯科医師の基本的能力であるべきです。さらには、口腔の健康とその保持、病気からの回復方法を生活者に理解させることに、歯科医療の評価価値を変えていかなければ、社会的需要に応えることはできないでしょう。一歯科医院においてもそんな歯科医療が生活者から評価される時代がもうそこまで来ています。産業界の予防歯科受診に対する補助金制度は、その息吹なのです。

シンプルに歯科の医療価値を伝える

歯科医師が世の中から「医療職」ではなく「技術職」と認識されているのは、当の歯科医師が歯科の医療的価値を理解していないことが原因です。歯科医師の医療的価値は、むし歯と歯周病という病気を治すための診断能力に現れます。この診断能力をSPTとメンテナンスという行為に紐付けていくことが、歯科医療で最も重要なことではないでしょうか。歯冠修復や欠損補綴は、障害によって機能が低下した生活者のハンディキャップを補うことですから、歯科医師はサポート役に徹することが医療職としての心得です。元東京医科歯科大学教授の安田登先生は「疾病に対しては医者として積極的に! 障害に対しては患者の意思を尊重して謙虚に!」と述べています。まさに至言です。技術職化した歯科医師は「疾病に対しては医者として謙虚に! 障害に対しては医者の意思を尊重して積極的に!」となっていないでしょうか。「歯科医師とは、むし歯と歯周病という病気に対して、あらゆる知識を駆使して治癒に導く医療職」とシンプルに社会に伝えていきませんか。このことが歯科医師の新しい価値観になることで、歯科業界は社会から「医療職」と認められ、学生も憧れる職業になるはずです。