アポイントの少ない日には歯科医師の幸せについて考えよう

コンサルブログ | 2019年11月22日

1961年に国民健康保険事業が始まり、「誰でも」「どこでも」「いつでも」保険医療が受けられる体制が確立した頃、日本経済は高度成長期を迎え、歯科医師も「誰でも」「どこでも」「いつでも」開業すれば、患者が来院する時代を迎えました。バブル景気の頃には、夜間や休日診療をしたり、便利な場所に目新しいデザインの歯科医院を開設したり、インターネットプロモーションをしたりすれば、依然として歯科医院経営は成功する時代でした。振り返って見ると、この頃までは社会はキャッチアップに必死な時代で、“便利さや新しさ”そのものが差別化要因であって、歯科医院もその流れに乗ってさえいれば、盛業することは難しくはなかったのです。当時から20年経ち令和元年、歯科医院は全国に68,522施設に増加し、年間歯科医療費は約2兆9,646億にまでなっています。

飽和状態の歯科医院の引き合いによく出てくるコンビニエンスストアは、1971年に誕生してから50年近くなった現在、約58,000店舗、1日の利用者は約5千万人、年間売上高は約12兆円に達しています。今日、コンビニは社会において商業施設以上の存在となり、医療機関の歯科医院よりも遥かに生活者に必要とされる役割を担っています。納税、住民票の取得、各種支払い、銀行機能、書籍の受け取りもでき、子ども110番や、公衆トイレ機能も持ち、御用聞きや配達まで行うコンビニも出現しています。高齢者や単身者にとってのコンビニは、コンビニエンスを超えてライフラインとなっているのです。

コンビニ業界は高度成長期から現在に至るまでの豊かな日本社会で、生活者が持つ便利志向に対して、24時間営業に代表されるサービスを拡大し続けて成長してきました。ところが、この数年は大きな転換点を迎えています。便利という価値を獲得するにも費用がかかり、限界効用逓減の法則がコンビニ業界を包み込んだ状況です。つまり小さな便利さを獲得するためには、より大きな費用がかかるために、コンビニ利用者が便利になるほどコンビニ店主の費用負担は増え、耐えられなくなってきたのです。まさに誰かの便利は誰かの不便で賄われている様が如実に表れています。豊かな時代には負担できていた費用も、時代が大きく変わり低成長時代となり、人口が減る中でも増え続けたコンビニは飽和状態になり、労働力不足に加えて従業員の時給も3年前に比べ1割近く高くなり人件費高騰に悲鳴をあげています。こういった状況はコンビニ業界の話であり、私たちに関係のないことでしょうか。コンビニで起きていることは日本の産業、とりわけサービス業で起きていることの縮図であり、コンビニより飽和が進み、設備投資が過剰で、人件費の高い歯科医院では、さらに酷い状態になっても不思議ではありません。

コンビニは地域社会が崩壊した現代社会では、便利な商業施設から地域社会のインフラの一端を担う公共空間として地域社会蘇生の処点となる可能性を秘めているように見えます。一方で公的医療機関の歯科医院は、なぜか公益性が薄れてきて天真爛漫にも便利さを追求し続けています。便利さを追求することで、医院スタッフは疲弊し医院の費用負担が増加する限界効用逓減のリスク以上に、健康保険制度には経済的アドバンテージを得る手段があるのでしょうか。あるとしても、汚れ仕事を続けることで、自責の念にかられていては幸せとは言えません。そんなことよりも他者の承認を得ることで経済的に自由なることが、歯科医院だからこそ可能なもっと簡単で確実な方法です。他者(=社会)の価値観を歯科医師の自分の価値観と同じにすることです。他者、さらには社会から承認を得ることが、医療者としての矜持を保ちながら経済的に自由になり、幸せになることができる唯一の方法のはずです。

歯科業界を俯瞰して感じることは、歯科医師は社会の本質を見誤っているということです。モノやサービスが行き渡り、技術革新が進んでモノやサービスのレベルが上がれば上がるほど、人々はプリミティブな理念や共感を感じる何かを求めはじめます。そんな気配が社会に満ちてきているにも関わらず、そこを見逃している感じがします。モノやサービスが不足している社会では、共感のようなものは必ずしも必要はありませんでしたが、成熟した現代社会はそうではありません。例えば佐川急便の『佐川男子』の存在は、宅配便が社会インフラとなった現在、同じ物を同じ値段で同じ時間で運ぶドライバーにも拘りを持つのです。以前ならば佐川急便のドライバーに生活者は共感を求めませんでしたが、今は違います。『佐川男子』はアイドル的な要素まで求められていますが、その根っ子には、ドライバーはどういう考えを持つ人なのか、どんな思いで仕事をしているのか、自宅にまで来るドライバーには、単に物を運ぶ人では済まなくなり、生活者自身が承認できる人でなくてはならないのです。

歯科医師ならば尚更です。歯科医院のウェブサイトを分析していて気がつくことは、生活者は何よりも歯科医師の医療に対する考え方に関心があることです。このことはGPだけではなく専門医にも当てはまり、いくら歯科医師が、高度な治療方法について説明しようと、最新の医療機器をPRしても、アクセスの便利さを伝えようとも、生活者は歯科医師の考え方の承認を最優先とします。この傾向は夜間人口比率の高いエリアの歯科医院ほど顕著ですが、歯科医院全般に当てはまることです。生活者は共感できない歯科医師のオフィスに、CT・マイクロスコープ・CAD/CAMが設備され、便利な場所にあったとしても選択することはないでしょう。

低成長時代の今でも社会にはモノやサービスがあふれています。このような時代に生活者は歯科医院に何を求めているのでしょうか。『佐川男子』の事例からも、歯科医院ウェブサイト分析からも、生活者は歯科医師の理念や医院のコアバリュー、ミッション、ビジョンに共感を覚えて、歯科医院を選択していると考えていいと思います。生活者は歯科医院が持つ大義に共感できるかどうかで、歯科医院を選択しているのです。大義とは「真っ当」という言葉に置き換えられます。真っ当とは、相対的なもので時代とともに緩やかに変わっていきますが、少なくとも今の時代に多くの人に共感される基盤を持っていることです。歯科医療サービスを提供する医院が心から納得して、一点の曇りもないほどにそのことを固く信じていることが大事なことです。これをすれば患者が増えるだろな、と思っている程度のことでは、生活者から共感を得ることはありません。歯科医師もしくは歯科医院がそうしたい、こうありたいと強く望む診療方針を、数字・ファクト・ロジックに照らして生活者に丁寧に説明することが真っ当な歯科医師です。このような医療者としての姿勢を、社会が評価しないはずがありません。

アポイントの少ない日は、コンサルティング的な対応を忘れてみることです。そうすると時代の大きな変化が見えてきます。この変化は歯科医師に新たにこうありたいと強く望む意識と可能性を与えてくれるはずです。必要なことは、意識を固める数字とファクトとロジックです。空白の多いアポイントノートを見るたびに、実は私は歯科医師が幸せになるチャンスだとずっと考えてきました。