新型コロナ禍を生き抜く歯科医院の対策(2)

コンサルブログ | 2020年4月21日

「今、オリンピック、パラリンピックを口に出す時ではないと思う。スポーツは平和があってのもの・・・新型コロナ危機が終息した後にスポーツの価値が出てくると思います」車いすテニスプレイヤー国枝慎吾さんの発言です。すばらしい素心の持ち主だと思うと同時に、この数週間の社会の変容ぶりから歯科医療もスポーツ同様に平和あっての医療と痛切に感じています。

そんな中、東京都知事は新型コロナ危機が起きて以降もオリンピックの「中止はありえない」「無観客も考えられない」と各メディアから発信し、その理由の最たることは「長い間準備を重ねてきた選手の方々を思うと・・・」といった情緒的なもので、行政区画を統轄する官庁の首長としての資質に疑念を持たざるを得ませんでした。

渦中にあって歯科院長が範とするべきは、国枝慎吾さんの素心と米ニューヨーク州のクオモ州知事のリーダーシップです。クオモ州知事の矢継ぎ早の決断に市民がついてくる理由は、データに基づいた透明性にあります。「私は医師、米連邦捜査局(FBI)、米疾病対策センター(CDC)などの専門家と毎日話している。そしてデータに従って、感染拡大の推定をしている。『どう思うか?』と聞く人がいるが、『思う』ではなく『認識している』ことを伝えている」と3月31日の会見できっぱりと言い切っています。東京都知事とニューヨーク州知事ではどちらが、危機に対する考え方やマネジメント能力が長けているか言うまでもないことです。

翻って歯科医院の危機管理はどうなっているのでしょうか?
現在の新型コロナ禍の危機は、院内で感染者が出ること、そして新型コロナ禍によって患者数が減少することです。それに対して自院の感染への安全基準・安全対策をどのレベルにするのか、そのために経済性はどこまで抑えるのか、言い方を変えれば、経済性を追求するためにどこまでのリスクを許容するのかは、医院財務と医療に対する思慮の問題になります。歯科院長の責任は、左に感染拡大を止める安全性、右に患者数を制限する経済性の重りを乗せた天秤のバランスをとることで、そのバランスには正解というものはありません。問われているのは、院長の医療者としての危機管理能力なのです。

さらに今回の危機で顕在化した問題は、スタンダードプレコーション基準に満たない安全環境、ソーシャル・ディスタンシングという概念の希薄さ、脆弱な財務基盤といったことです。しかし、これらは日本の多くの歯科医院に元々内在していたことで、新型コロナ禍によってあぶりだされただけです。新型コロナ禍による『危機』を『機会』に変えるのは、不安に対する消極的解決ではなく積極的解決です。さらには望まれることは、『歯科医療は平和な社会があっての医療』と肝に命じて自院のあり方を問い直す姿勢です。

このような医院の根本課題を問い直し解決することで、「感染した場合に労災認定されるのか」「感染が発生した場合に歯科医院の安全配慮義務違反は問われないのか」これらの危機が浮かび上がってきます。新型コロナ禍の中で歯科医院は改めて自院の危機管理を見直す必要があるのではないでしょうか。

新型コロナウイルスに感染した場合に、労災認定されるのか

感染理由が、診療業務が原因だったと認定されれば、労災が適用されます。
外来でしたら発症した患者と接した、また訪問診療先が集団感染した施設や感染者がいる家庭だったというように感染経路が特定されれば労災認定されます。
しかし、労災認定されるかどうかは、スタッフの行動によりケースバイケースです。

院内で新型コロナウイルスへの感染が発生した場合に、歯科医院の安全配慮義務違反は問われないのか

感染の原因が診療業務である、あるいは診療業務と思われる場合でスタッフが重症化、死亡に至った場合は、歯科医院はスタッフや遺族から安全配慮義務違反を問われる可能性はあります。このようなケースでは、労災が認定された場合と認定されていない場合とで別れます。

ア.労災が認定された場合
労災では、治療費と休業補償や遺族補償しか出ません。
遺族や労働者から安全配慮義務違反で、慰謝料などを請求されることもあります。しかし、請求された全額を支払うのか、あるいは0円になるのかは、ケースバイケースです。
歯科医院が指示した安全衛生指示にスタッフが従わなかったので感染した。歯科医院が当然すべき安全衛生対策を行っていなかったから感染した。それぞれの責任の度合いに応じて、慰謝料額などが算定されることとなるでしょう。
イ.労災が認定されない場合
労基署が「感染と業務は関係ない」と認定したことになります。
この時点ではスタッフの感染は診療業務と関係ないので、歯科医院に責任はなく、安全配慮義務違反もありません。しかし、スタッフや遺族がこれを不服と思えば、まずは労基署の認定を覆すための訴えをおこすことになります。