新型コロナ禍を生き抜く歯科医院の対策(3)

コンサルブログ | 2020年5月8日

診療自粛を憲法の視点で考える
~ステークホルダー主義への転換~

新型コロナ感染拡大抑止のために、社会的距離をとることが求められています。社会的距離とは「人と人の間隔を2メートル以上とること」とされていますが、歯科医院で人と人の間隔が0メートルになることは頻繁にあります。さらにエアロゾルを発生させる診療行為も避けられないために、常に感染リスクと隣りあわせです。このような仕事環境を考慮して、感染拡大防止のため休診にしたり、スタッフを休ませたりしている歯科医院も少なくありません。しかしこのままでは、なんらかの社会的対応をしている医院から、患者離れやスタッフの離職が起こるリスクにさらされ、経済的窮地に追いこまれていくように思えます。これでは、歯科医院は診療しても地獄、休診しても地獄です。

この窮状は、「緊急性がないと考えられる治療については延期することなども考慮すること」という厚生労働省の4月6日の事務連絡に端を発しています。まさか国(厚生労働省)から医療機関である歯科へ診療自粛要請が出るとは思ってもみませんでした。私は物事を考えても道筋が見えないとき、学生時代の習いで憲法を読み返しています。それは、日本の憲法の待つ理想主義が、ポジティブな考えに導いてくれること、そして何よりも憲法には国の基本方針が示されているために、この国でおきたことへの解決の糸口を見つけることができるからです。

現在、新型コロナウイルスの感染拡大による経済への影響をめぐり、内閣は衆議院予算委員会で、1929年に始まった世界恐慌の時よりも厳しい状況だとした上で、感染の終息に全力をあげる考えを強調しています。世界恐慌と言われても歴史の中での出来事で実感がわきません。当時の政治経済の政策資料を読むと、アメリカ合衆国連邦政府はニューディール政策の中で、農業の減産補助金、学校教師や地方公務員の給与の肩代わり支払いなどさまざまな大胆な施策を行い、大恐慌の時の国民を救済しています。この施策は単なる経済指標の回復ではなく、国民の雇用を回復させて全国民に資金を回すという公共政策の意味合いの強いものでした。90年後の今、同じような歴史的事態が歯科医院に(もちろん日本社会に)起きていることがわかります。とすると、診療自粛要請の次なる措置として当時のアメリカ合衆国連邦政府が施策したいわゆる「補償」が示されるのではと思えてきます。さらに憲法29条を読みといていくと、「補償」はきっとあるのでは、という考えに至ります。

日本国憲法第29条

  1. 財産を持つ権利を侵してはならない。
  2. 財産の内容は、国民ぜんたいの幸福も考え合わせて、法律で決める。
  3. 個人の財産でも、正しい対価を払えば、公共の用に充てるために使うことができる。

(作家・池澤夏樹さんの著書「憲法なんて知らないよ」による新訳から引用)

憲法29条1項で、「財産を持つ権利を侵してはならない」としています。その内容は「国民ぜんたいの幸福も考え合わせて、法律で決める」とし、3項では「個人の財産でも、正しい対価を払えば、公共の用に充てるために使うことができる」と定めています。逆に言えば個人の財産は「公共の用に充てる」ことができるが、その目的のために個人の財産に損害が生じた場合には、正当な補償をしなければならないということになります。

この私の考えに対して、知己の法律家のほとんどは、財源の問題もあり財産権を根拠に国が減収を補償するのは難しいとする見解でした。

それでは次に、国民皆保険制度の基となっている憲法25条に照らしあわせてみるとどうでしょうか。

日本国憲法第25条

  1. すべての人に、最小限でも健全で文化的といえる生活をする権利がある。
  2. 社会ぜんたいの、幸福と、安全と、健康が実現するように、国は生活のあらゆる面に対して努力を重ねなければならない。

(作家・池澤夏樹さんの著書「憲法なんて知らないよ」による新訳から引用)

憲法25条では、「社会ぜんたいの、幸福と、安全と、健康が実現するように、国は生活のあらゆる面に対して努力を重ねなければならない」としています。しかし、それにより国民に障害や後遺症が残った場合どうするのか。判例検索システムで調べてみると、その場合は故意や過失がなかったとしても国は補償をしてきました。

今回は、新型コロナウイルスによる感染を防止する目的のために、国は歯科医院に診療制限を求めています。それによって歯科医院の財産に障害や後遺症が起き犠牲が生じることになるので、憲法25条の趣旨をふまえれば、国が政策として補償でないとしても最大限のセーフティーネットをはることになります。この論には、くだんの法律家たちも異論はありませんでした。憲法を読みとく限りは、決して歯科医院は今の事態に慌てる必要はないことになります。しかも保険医療や公費負担医療は憲法の精神を反映した政策ですから、医療機関の生存はしっかりと憲法で保障されなければならないため、国の施策により経営破綻を起こすことなどあってはならないのです。歯科医院は下手の考えはやめて、もっと目線を高くすべきです。

診療制限をしている今、歯科医院ができることは、患者・スタッフ・取引先・地域社会・業界・学会に分けて、それぞれに対してはステークホルダーとしてのコミュニケーション手段を再考し窓口を明らかにすること。経済的には新型コロナウイルス感染症特別貸付、持続化給付金などを利用してキャッシュを中心に会計・財務を計画・管理していくこと。さらに公的資金を運転資金にあてるだけではなく、コロナ危機で鮮明になった自院の問題解決とコロナ後の新しい医院の基盤づくりの資金とすることです。そして社会的にはコロナ危機克服への貢献を身近なことから始めることが求められます。

社会貢献に関してはぜひ参考にしてほしい声明が、ダボス会議を開催する世界経済フォーラム(WEF)から「コロナ時代のステークホルダー方針」として公表されています。「財務的な備えがなく、政府から資金援助を受けている企業も多い。・・・(略)危機が去った後、資金を返済するだけではなく、社会に何かを還元してほしい。そのためにも企業は株主第一主義からステークホルダー主義に移行し、環境や従業員、顧客などに配慮するようにならないといけない」。自由主義経済圏の欧米イデオロギーは、主に個人の自由や権利に、企業においては株主利益に重きがおかれています。一方、ステークホルダー主義とは集団や社会に重きを置くことを意味しており、正反対のベクトル上にあるように思えます。ところが、この声明では、これからは個人の権利や株主の利益は社会に寄り添うものでなくてはならないと主張しています。この考えは、74年前に施行された日本の憲法の理念に近づくものです。

どうやらコロナ危機後には欧米社会は大きく変わる気配がします。これに習い歯科医院もタコツボ的業界思考から脱皮して、広義なグローバルスタンダード医療、つまり社会と共に生きる存在を目指す時です。ステークホルダー主義の歯科医療の在り方を模索するのは、今をおいてありません。ピンチをチャンスに変える。そう考えてみると、少しは気持ちが軽くなり、心に風が吹いてくるはずです。