迷走する予防歯科から「自助努力」をアラートする予防歯科へ

コンサルブログ | 2020年9月17日

新総裁に就任した菅さんは「自助・共助・公助」をスローガンとしています。その意味するところ、「まずは個人が自助努力し、それで足りないところは家族やご近所など身近なコミュニティーで助け合う。それでも困った場合に、政府や自治体など行政が出動する」という、社会保障の世界では昔から言われている考え方です。このスローガンを指してあまりにも新自由主義的ではという声もありますが、さしたるイデオロギーも感じない菅さんのこと、自由主義国家の社会保障制度の基本理念を踏襲しただけのようにも思えます。

ところで、この「自助・共助・公助」を基幹とする社会保障が依って立っているこの国の社会の仕組や価値観、理念、哲学といったものを、社会保障制度の一翼を担う歯科医師は理解しているでしょうか。察するところ形式理解に留まり実質理解に至ってはいないようです。そのためか、知らず知らずに非社会的なおこないをする傾向があります。このような歯科業界にとって、業界支持政党の新総裁のスローガンは、業界の社会性を質すに千歳一隅のチャンスです。今一度、社会保障制度の実質について、ざっと学び直しをしてみてはいかがでしょうか。

歯科医師の非社会的おこないの一例として、予防歯科セミナーを俎上にのせてみます。「ユニット3台で年商1億円の予防型歯科医院の作り方」などと銘打たれた、よくあるヤツです。SPTで患者を管理して位相差顕微鏡と唾液検査を絡めて体系的なカウンセリングを試み、患者のモチベーションを高めて自費治療が出来る仕組み、こんなで年商1億円!と、なんだかやけに景気のいいコピー。ところがなんのことはない実態は予防をかくれみのにした“予防は保険で治療は自費で”といった古臭い金権歯科養成セミナーにすぎません。

このようなを推奨する予防歯科セミナーに歯科医師が群がるのも、日本の公的医療保険制度の理念「自助・共助・公助」を理解していないからで、そのことが無自覚ながらご法度破りをしてしまう土壌をつくっているように思います。

公的医療保険の理念を理解するには、その基となる自由主義の理念の説明が必要になります。近代社会の理念は、個人の自由と基本的人権を普遍的な価値とすること。これは中学校の社会で誰もが習うが誰も覚えていない自由主義国家の基本理念です。簡単に言えば人間はみんな自由に行動し、自分の望む人生を選べることが尊いとする考えです。

一方で自由に生きる前提として、一人ひとりが自分の責任で生きていかなくてはならない社会を認めることを求められています。病気や怪我、失業、被災といった人が生きていく中で起こり得る事故については、必然的に自分の責任で対処するのが基本となってきます。これが、菅さんが強調する「自助」の意味であって、「共助・公助は社会保障制度では当たり前のことではないの?」と質問したら、「それは全くあたらない」と一蹴されるはずです。

このことは社会保障制度審議会勧告の中で、「国民が困窮に陥る原因は種々であるから、国家が国民の生活を保障する方法ももとより多岐であるけれど、それがために国民の自主的責任の概念を害することがあってはならない。その意味においては、社会保障の中心をなすものは自らをしてそれに必要な経費を醸出せしめる社会保険制度でなければならない」と明確に定義されています。

参考:社会保障の財源は保険料60%・公費(税金)30%・資産運用10%で医療は都道府県が中核になり運営している。
制度は国が作り、運営は都道府県が行い、医療サービスは主に民間が提供する。

上の社会保険制度のあり方で言わんとすることを整理すると以下のようになります。

  1. 自助―自ら働き稼ぎ自らの健康は自ら維持する
  2. 共助―自助できない場合は生活のリスクを相互に分散する「共助」が補完する
  3. 公助―「自助」「共助」で対応できない困窮などの状況に対して生活保障を行う

社会保障制度のあり方を単純化したところで、その哲学に基づいた公的医療保険制度の実質に「年商1億円の予防型歯科」セミナーのセンテンスを照らしてみます。「SPTで患者を管理して」は、いつまでも管理するのではなく「自助努力=ホームケア」で健康を維持できる状態に患者を導いて「共助」「公助」をできるだけ発生させないようにすることが、社会保険医療機関の実質に合致することになります。「共助」「公助」で患者をいつまで「自助」に導かずに管理することが、公的医療保険制度に準じた予防歯科ではないのです。なぜなら、形式=診療報酬制度は、「自助」を第一とする社会保障制度の哲学に基づくものでなければならないからです。

「位相差顕微鏡と唾液検査を絡めて・・・・・・・自費治療が出来る仕組み」このセンテンスには、内閣官房健康・医療戦略室次長など多くの役職を務める江崎禎英さんの見識に照らしてみます。

先般発行された日経MOOK『ヘルスケアの未来』紙上での江崎さんの見識は、今後の公的医療保険のあり方を示唆する上で非常に興味深いものです。その概要は、「生活者が病気になってから病院に行くのではなく、生活者の医療・健康データをかかりつけ医が管理して、疾患の可能性がある場合には治療に来院するよう通知したり、データに変化があった場合は予防のために患者に運動や食事をアドバイスしたりするのが、患者と医療機関の関係になる」となります。さらに「ある程度のデータ量が蓄積されれば、AIを用いたビッグデータを解析して発症リスクをアラートする、つまり自覚症状が出る前に医師が患者にアプローチする医療が基本」になると続きます。

オーラルフィジシャン・チームミーティング2019(山形県酒田市開催)にて講演を行う江崎禎英さん

日経MOOK『ヘルスケアの未来』:日本経済新聞出版

「年商1億円の予防型歯科」セミナーが推奨する「共助」「公助」を使い続ける次世代型予防歯科は、江崎さんの示唆する「自覚症状が出る前に医師が患者に発症リスクをアラートする医療」と比べて、重症化を前提としていてどこにも先進性がありません。本来の次世代型予防歯科とは重症化して「共助」「公助」が継続発動されないように「自助努力」や「適切な受診時期」をアラートするデータベース予防医療を社会に提供するものです。どちらがとして社会と歯科業界の未来を明るくするか論ずるまでもありません。

予防先進国のスウェーデンを規範として、そう遠くない将来に「自助努力」「適切な受診時期」をアラートする次世代型予防歯科の出現が待たれます。予防歯科の泰斗である日吉歯科診療所の熊谷崇先生の下で学ばれた徳島県開業の川原博雄先生の論文http://www.sat-iso.net/kawahara/index.htmlを読むと、江崎さんの提言に応じられる実力を有する予防歯科も既に存在していることが実感できます。その一方で、このような歯科医院がなかなか増えていかないことも事実です。生活者と社会が本物とそうではない予防型歯科医院を見分けることができないからでしょうか?それもあります。しかし、根本的な問題は医療者側にあるのではないでしょうか。「歯科医師が本物を評価して目指す意識」「歯科業界が本物を見出して社会に知らしめる気概」そのどちらも希薄なことが、本物の予防歯科が社会に広がっていかない要因になっているのだと思います。