むし歯0から次の価値を生み出すには

むし歯0から次の価値を生み出すには

コンサルブログ | 2022年1月31日

デフレからの脱却を高らかに謳っていたアベノミクスはあえなくコロナに粉砕され、新しい資本主義と政策の呼び名は変えたものの、改善傾向にあった雇用指標も再び低迷して消費拡大につながる気配は一向にありません。その中にあって食料や家電・家具の『巣ごもり消費』は伸びたものの、政策によってモノが売れないデフレ状況は変えることはできず、変わりはじめたのは経済情勢ではなく私たちの生活様式でした。10年余りの間、為政者は変えるべきものを見あやまってきたことになります。むし歯0からおよそ20年間、歯科医師もこの国の為政者のように、変えるべきことやるべきこと見あやまってはいないでしょうか。

コロナによって変化しはじめた社会の中にあって、歯科はといえば、2022年度診療報酬改定率が、診療報酬全体は+0.43%に対して、歯科は+0.29%に留まり国の歯科軽視の傾向は変わらず、歯科医院(個人)の損益率は-1.2%で、衛生材料をはじめ院内感染防止対策による歯科材料費の前年度比5.1%の増加分もカバーすることができていません。これでは、コロナ対応で疲弊した医療提供体制を立てなおすにはほど遠い状況に歯科は置かれていることになり、経済同様に平成12年以降の停滞トレンドは続いています。

歯科医療費の総枠拡大が見こめない状況からか、歯科医院には国民医療費に含まれない自由診療に突破口を見いだそうとする雰囲気が充満しています。そんな歯科医院では「顧客満足」というスローガンが呪文のように唱えられ、「ネット集客」と「自費の安売り」がおりなす販路拡大の狂想曲が響きわたり、市場原理の中で歯科業界は活路を見いだそうとしています。

ユニクロ栄えて国滅ぶという論考にあるように、デフレと歯科医療費の停滞をエクスキューズにして、その場かぎりの「便利さ」や「安さ」ばかりから顧客満足を追求しようとすると、歯科医院は疲弊してその品質はますます劣化していきます。と言うのも、リスティング広告などのネット集客と自費という市場原理に委ねる歯科医院ほど、生活者との関係性が手軽に作れるために、患者との関係を長期的時間軸の中におくことで、医療の品質は作られるとするヒポクラテスの誓いにあるような医療者意識がうとくなっていくからです。

歯科に限らずどの職業でも顧客満足を図るためには、長期的に生活者側に立ち品質を追求していくことが求められています。よく言われることですが、非常に難しいことです。この20年あまりで、口内の状態は向上し12歳児のむし歯の数は1歯を切り歯科業界は一定の顧客満足をなし得た現在、次に生活者が歯科に何を期待し欲しているのか、本当のところはわかっていないために、自院のあり方を市場原理に委ねて迷走しています。これからの歯科業界には、1本のむし歯治療をふくらませて10の仕事を作る技術やマーケティングではなく、むし歯0を維持する品質管理と保証を抱合できる長期的顧客関係の構築が何よりも優先されます。

ところが近年の日本社会では、歯科業界が品質管理の手本とするべき、著名企業の三菱電機、京セラなどによる品質検査における不正は後を絶たず、製薬や医療など専門性の高い領域の業務にも品質の保証が喫緊の課題とされています。その際、厳格な品質管理の体制や仕くみが整っているだけでは意味がありません。先の著名企業をはじめほとんどの大企業は、詳細な品質管理基準や検査体制を整えていたはずだからです。実際には達成困難な高度な品質管理基準や、経済効率性や納期のプレッシャーから、現場ではルールから逸脱した製造や検査が常態化していたことが報じられています。

言うまでなく歯科医院では著名企業のような品質管理基準や検査体制を持つことはできませんから、専門家としての確たる倫理観が品質管理の要諦になります。信頼しうる品質保証を成しとげるためには、医療現場に関わるすべての関係者が、品質管理の意味を体得し、自身が関わる作業や業務に責任と誇りを持つ必要があります。そのために、専門家として気概ある職業倫理を保持し、かつ常に発揮し続けることが極めて重要なことです。「倫理なき品質管理は寝言」と称しても過言ではありません。

しかし、倫理の定義が難しく往々にして哲学的な議論になりがちであること、倫理観が欠如していると人を見なすのは物議をかもす行為であることなどから、倫理観の醸成はマネジメントの課題として取りあげられることは稀です。米国流のマネジメントでは、従業員のエンゲージメントを高めること/リーダー自らが範をしめすこと/倫理的な同僚と組ませること/倫理指導に投資すること/誘惑的な環境を減らすこと/利他的な文化を育むことなどが挙げられることが多いのですが、倫理観をそんなに大上段に構えて考える必要はありません。詩人の茨木のり子氏の詩の『小さな渦巻』の一節にあるように、「ひとりの人間の真摯な仕事は/おもいもかけない遠いところで/小さな小さな渦巻をつくる」、ひとつの仕事に真摯に向き合う姿勢が自身にも自分の周辺にも倫理観を醸成し、「それは風に運ばれる種子よりも自由に/すきな進路をとり/すきなところに花を咲かせる 」のです。

むし歯0から次の価値を生み出すものは、真摯な仕事から醸成された倫理観に裏打ちされた口内の品質管理で、そこから歯科医療の価値は無限に広がっていくのです。