サラリーマンから見た医療費の話し

コンサルブログ | 2018年7月31日

健康保険制度が破綻の危機に瀕していると言われて久しい。超高齢化社会に突入して、大幅な保険料の引き上げと自己負担率の上昇は避けられないと言われている。

高齢者が増えれば医療費は増大する。しかし、厚生労働省のデータより、風邪や生活習慣病で外来を受診する高齢者が増えたからといって、すぐに保険財政が破綻するわけではないことが見てとれる。患者一人当たりの比較では、老人医療費はさほど高くなく、保険財政が悪化する原因は死亡する前の高額医療費にある。
先進国の中でも病院死が最も多い日本人は、減少傾向とはいえ80%弱が病院で亡くなる。終末期の医療費は月額100万円以上と高額で、高齢者施設での看取りや自宅死が飛躍的に増加しなければ、医療コストは数千億円規模に膨れ上がることになると予測されている。実際に、1ヶ月の医療費が1千万円を超えた患者のうち、その半数以上が数ヶ月以内に死亡していることからも、これがどれだけ不合理なのかは説明できる。もちろん医療は合理性だけで計れないが、国民皆保険制度が平等な医療サービスを提供する以上、このままでは国民に等しく終末期医療費が掛かり、保険財政破綻の引き金になることは間違いない。

この問題解決に対して、識者から医療コストを患者が自分ごととして捉える必要があるという意見をよく聞く。なるほど正論である。しかし、保険証は年収1千万程度のサラリーマンならば、月額約5万円の健康保険・介護保険料を支払い得たライセンスで、使わなければ掛け金は戻ることなく、実態は所得に準じた税金だ。保険証を使わない健康な給与所得者は、医療コストを減らすことに貢献しても自らの生活コストが減ることはない。それだけにサラリーマンは医療コストには厳格な状況に置かれている。

それに比べ、従業員が社会保険に加入していない施設も多い歯科は、医療費のコスト感覚は明らかにサラリーマンより希薄だ。例えば、内覧会業者を使うこと、口コミ予約サイトを使うこと、これらは患者を意識誘導することで医療費が発生しており、個人の収益のために社会コスト(医療費)が増えることになると、サラリーマンなら考える。このことだけでは大した影響はないかもしれない。しかし、介護保険では要介護度に応じて月額のサービス費用が決められており、ケアマネージャーが利用者のケアプランを作成する。ところが、ケアマネージャーのほとんどは介護サービス事業者の従業員である。事業者が利益を最大化するには、ケアマネージャーに保険給付枠いっぱいのケアプランを作らせればいい。費用の9割は介護保険から支払われるので、これは利用者にとっても有利な提案だ。その上、この制度には保険料支出を抑制する仕組みがどこにも存在しない、親方日の丸のドリームプランだ。しかし、こんな杜撰な制度がいつまで待つかわからないと、サラリーマンなら考える。案の定、事業者の利益のために介護保険の赤字はすでに4.5兆円を突破しているという。歯科のトリートメントコーディネーターもケアマネージャーの要素を含んでおり、社会コストを浪費させる懸念は拭えないと、大手新聞社医療班から取材を受けた。介護を他山の石としなければならない。医療費に関していえば、現物支給されるサラリーマンの方が現金支給される医療者よりもコスト意識も高く、見苦しくないように思う。

こんな実態であるにも関わらず、医療費に関する議論は、国民の自己負担率と保険料の引き上げ、さらに患者の医療コスト意識で解決しようとしているが、患者を素人扱いする弥縫策に過ぎない。日本の人口動態を見れば、ちまちました改定や意識改革では健康保険制度が破綻することは中学生にでもわかる。問題の核心は、健康保険の制度設計から50年以上経ち現在の実態とかけ離れていること、医療費の約半分が上位約10%の患者に使われていること、そこに踏み込めないことだ。

医療制度改革が遅々としては進まない核心は、「既得権益によって生きている人」が「既得権益を破壊して生きていこうとする人」よりも多いことに尽きる。議論は問題を解決するために行うものだが、医療費に関する議論は、政府も国民も医療者も「既得権益者」が少数派にならないことには解決しないとわかっていているだけにサラリーマンの会議のように虚しい。