ためらいのアンチエイジング

コンサルブログ | 2019年2月15日

久しぶりに神宮外苑に行き、年甲斐もなく勇んでバッティングセンターのバッターボックスに立つ。すると、バーチャル映像の投手の手元がかすみ、かすかにしか見えない。初めの5~6球は以前なら苦もなく打っていた130kmの球速に空振りどころか、構え遅れてバックスイングさえできない情けなさ。動体視力以前の問題です。

このことを知り合いの医者に話すと、マスメディアでは有名な都内開業の眼科医を紹介してくれたので、ものは試しとカウンセリングを受けてみることにしました。神宮外苑での事の顛末を眼科医に話すと、「まあ、年相応というところですね」「普段から何の予防もしていないのだから仕方ありません」と、にべも無い答え。続けて、「見えないのは、眼の老化だけでなく、脳の問題の場合もあります」とのお告げ。なんだか穏やかではない、どういうことかと聞くと、「見えるということは、物体から反射した光が網膜上で像を結び、それが脳の視覚野で認識されることで・・・」という科学的な感じだがカンに触る説明に、「だから?何なの」と内心の声を漏らす。

最近は、眼鏡をかけたまま遠くを見るとき、上目遣いの鼻眼鏡になる仕草が、すっかり板についてきた。ひたひたと寄せてくる黄昏の気配に抗う気はさらさらない。そんな私に、「眼の健康には予防が大切。眼科医の仕事は検診と予防指導が基本です。それと・・・積極的予防指導というかアンチエイジング、うちの大学がレーシックを広め、高齢者の生活も眼医者の生活も豊かになった。高齢社会はブルーオーシャンになれば・・・」と宣い、そして私の仕事のフィールドを知ってか知らずにか「歯医者の予防やインプラントも同じでしょう?」とニヤリとする眼科医。

確かにレーシックは歯科のインプラントに似ています。レーシックは保険診療ではないために過剰宣伝や価格競争に走り、感染症や過誤が頻発していて消費者庁からも勧告が出されています。だからこそ知り合いの医者に適当な眼科医を見繕ってもらったのです。彼の眼科のオフィスでは、大学と連携して再生医療を用いた角膜移植もすでに数千症例の実績と聞くと、感嘆するよりもためらいが先に来てしまいます。アンチエイジングといえば、叶姉妹を思い浮かべるような下世話な私。「数千症例の移植」と聞くと、それだけレーシックの失敗症例があったのでは、とも思えてきます。
「入れ歯でいい」と思っている患者が、インプラントを熱心に勧める歯科医に捕まっている心理がわかるような気がします。眼科医に熱心にカウンセリングしてもらうほど、「メガネでいい」「べっ甲の上等なヤツが買える」と思えてくるのです。

レーシックは団塊の世代が高齢者となり加熱し、今はそのブームもひと段落しています。それでもアンチエイジング市場は、美容外科を筆頭に眼科、皮膚科、そして歯科にまでも、高齢者の「若く健康にすごしたい」という思いが潮流となってきています。この先、高齢社会になるほど医療はアンチエイジングへと傾注していくのは確かなようです。しかも、美容的外科処置だけではなく、サプリメントや化粧品の類も医療機関の受付カウンターに当たり前のように置いてあり、この状況を見るにつけて保守的な私は首を傾げてしまうのです。

この状況を斜めから考えると、いわゆるアンチエイジングという類の商品は、同一個体で追跡検査ができないことにつけ込んだモノではないかと思えてくるのです。この商品を使えば10年後の若さと健康に差が出るかどうかということを、いったい誰がわかるというのでしょう?使った10年と使わなかった10年を同一個体で比較することはできるはずもありません。人生は2度生きられないからです。それにも関わらず、新聞一面を使った広告では「科学的な・・・」「数千人のデータに基づいて・・・」などと確信的コピーを見ると、さぞかし効果がある医薬品のように思えてくるだけに、アンチエイジングはあざといと感じるのです。

そもそも美容整形やサプリメントなどで加齢に抵抗して、いつまでも若く健康でいたいと切実に願うこと自体、気恥ずかしく思えてきます。同じように、行き過ぎた審美歯科も軽薄な感じがします。額縁症例写真を得意げにしている歯科医師には、その技能と審美眼以前にその文化度を疑ってしまいます。人生を生きるとは、加齢すること老いることそのもので、若さの快楽と引き換えに精神的に深みを増すこと、文化的になることでは、と思うのです。若さのみを価値として老いを反価値とするアンチエイジングなる商品や医療は、ふつうの人の生き方を否定しているようにも思えてくるのです。こんなことを考えている目の前で、大型4KTVに映し出される高齢者と思しき芸能人を見ていると、仕事とは言え、作り物の若さには快楽どころか痛々しささえも感じます。

歯科の場合、アンチエイジングといっても、その実態は審美歯科そのものです。ならば、わざわざアンチエイジングといわなくとも良さそうなものですが、審美歯科を求める層がバブル経済期前後の20代30代OLから、今ではエイジングして50代60代の男女にまで移行することを期待してのネーミングでしょう。なにか商業的な感じもしますが、これによって審美歯科を求める層が厚くなるのならば、業界として歓迎すべきことです。あとはアンチエイジングを提供する歯科医師の文化度が、エイジングして深みを増すのを願うばかりです。それには、若さと美の土台となる健康をどのように維持するのか、咬合と予防歯科を極めていかないと、耐震偽装をしている建物のような歯科医療に生活者からは見えてくるはずです。

高齢社会になり、歯科医師に求められるものはますます多義にわたると感じます。さしたる根拠もありませんが、これから選ばれていく歯科医師は、医療全般の知識や歯科理工学的知識と技能は当然のこととして、文化的素養のある教養人ではないかと思います。それは若さや美しさ以上に、老いることの内省と思索を楽しんでいる高齢者で、美術館などの文化施設や劇場、飲食店などが賑わっているからです。アンチエイジングというコピーだけで、かような高齢社会の歯科市場がブルーオーシャンにならないことは、確かなことだと思うのです。