敬語風表現と心

歯科医院内のコミュニケーション

敬語風表現と心

「敬語表現は人間関係の潤滑油である」とはよく言われることばです。
たしかに、昔のように身分や職業、年齢などをこの表現を使って明確に差別をするような感覚は、現在では薄らいでいるし、その必要もないはずです。つまり敬語的表現は、あくまで相手を敬い、人間として疎略に扱わないように努めるための潤滑油的存在なのです。
そんなに難しく考えることはありません。ただ、どのようにことばの上で扱えばよいのかわからない人もいます。そこで問題になるのは、「ことばの底辺にある心」です。 「心」がどこかへ消えてしまったり、ズレていることに気がつかないとトラブルの元になりかねません。つかうことばもウラハラになりやすいのです。

大学2年生にこんな質問をしてみました。ほとんどの学生が同じような反応を示しています。

Question
もし、相手に、君を人間として尊敬していないような対応をされたら、どんな気分になりますか?
Answer1
そんな人とはなるべく話さない。別にその人とでなければ生きていけないわけじゃないし、嫌な思いを続けることはない。
Answer2
どれだけ偉いのか知らないけど、よくやるよ、と思う。まあ、どうだっていいけどさ、気にしてたら生きていけないよ。
Answer3
良く知らない人、例えばバイト先の客なんてそういうイメージで対応されることが多いんだよね。店長に言われたように何とかのひとつ覚えでさ、「ありがとうございました」一点ばりさ。たかだか500円ぐらいの買物で、エラソーにすんなと言いたいよねェ。

極めて素直に現代の人間関係を表現しています。もともと人間は、他人から尊敬されたい、少しでも上位に見られたいという気持ちがあります。そこには年齢差、経験の差、経済力の差、知識力の差、教養の差などの判然としない物差しが横たわるため、往々にして、プライドばかりが表面に出やすいので、どうしても人間関係がギスギスしてくるのです。やはり潤滑油が必要です。しかし前述の学生は、自分が人間として的確な対応をされていない点については反論しているのに、相手との関係からは逃げるか、無関心でいるかのどちらかで、価値観の違いと言えばそれまでですが、これから先、どう考えて生きていくのだろうと、心配してしまいます。結論を先に言えば、人間として的確に扱われるようにするには、まず「心」に思いを返さなければ、ことばはついて来ないのです。「心」と「ことば」が相手を慮る次元で同じになればよいのですが……。

歯科医院内という小さな社会の中にも、多種多様な世界があります。敬語風表現とは、必ずしも文法に則った表現をしなさいと言うのではなく、相手を敬う、慮る心を大切にしなさいと言うわけです。

要注意のうっかり発言

この頃、巷でよく耳にすることばのうち、次のものは、発言者が意識していないのに相手をドキッとさせたり、失礼な印象を与えますから注意がいります。

  • 「エッ?ハーイ」(なぜエッ?とつくか)
  • 「スミマセーン」(心から思ってますか)
  • 「デモ、ケド」(相手のことを考えている?)
  • 「~シテクレマセンカ」(誰に頼んでるの?)
  • 「~ジャナイデスカ」(自分の意見、考えばかりを認めてもらいたがってませんか)
  • 「ソージャナクテェ」(人から評価されたいという願望が先に立ってませんか?)
  • 「ヤハリ、ヤッパリ」(実は自分と会話しているのでは?口ぐせも嫌な感じです)
  • 「カッワイイー!!」(高齢者にいきなり言うのは大変に嫌悪感がありますよ)

要するに、文法じゃなくて、相手を慮る心を洗い直してみれば良いのですね。

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