マニュアル化とデジタル化は歯科医を幸せにするだろうか?

コンサルブログ | 2020年12月24日

「院長なんて言われていい気になって、若いスタッフを使い、気苦労していたことを考えると・・・こうやってタクシーの運転手になってホッとしていますよ」
たまたま東京駅から乗ったとき、そう話しかけられてビックリしました。

11月中旬のこと。初老のドライバーは、私の携帯にかかってきた歯科医師との会話を聞いてか、私を歯医者と勘ちがいしたようです。「年とともに売上は落ちる一方」「衛生士はいつかない」「もうアナログの時代じゃないから」「マニュアルなんて信用できない」云々。

「労働基準法というのは徒弟制度を認めませんからね。技術を教えてあげているのに、勤務医にボーナスまで払え、その上に残業代だ、有給与えろ。仕事を身につけて一本立ちさせているのに、払うどころか、もらいたいくらいですよ。もう歯医者は個人ではやっていられない時代になりました。ねえ、そうでしょう」。あいまいに相槌を打つ私に「診療所のデジタル化で踏んぎりがつきました」と。20分たらずの乗車でしたが、歯医者という仕事は世の中からなくなりつつある仕事だということを実感したでき事でした。

もちろん今はまだ稀なことですが、専門職の歯科医師が雇用調整弁とされるタクシー運転手に転職することも不思議ではない時代は刻一刻と近づいてきています。歯科医師(勤務医含む)の収入を時給換算すると平均時給は3,000円です。平均時給1,800円のタクシー運転手に転職して、くだんのドライバーのように気苦労や法律の矛盾に腹を立てない働きかたを選ぶこともあり得るほど、歯科医師の経済的アドバンテージは低下しているのです。そして経済的なことだけではなく、職業としてのやりがいも歯科医師よりドライバーの方がよほどあるようすでした。

専門職で高収入のように思われてきた歯科医師という職業ですが、時給比較図からは「どうもそうでもなさそう」な感じです。最近開業した歯科医師ならばわかるでしょうが、開業歯科医師の生活費は月額50万円程度の生活水準の事業計画でなければ、よほど資産家でない限りは銀行はお金を貸してくれません。それにはわけがあり、年収600万円程度ならば歯医者の倒産リスクは1%程度と読んでいるからです。厚生労働省の調査からは平均的サラリーマン程度の収入しか見こめない職業の歯科医師が、派手な生活をしたり、あるいはするための手段として高額な医療機材を購入したりすることが、歯科医院経営のリスクと考えているのです。患者が少ないことよりも、収入に見あわない生活をしたがる経営ー歯科医師の姿勢が経営の最大のリスクということなのです。

話を働きかたに戻します。たとえば日本の開業歯科医師の平均年間労働時間は、ゆうに年間3,000時間は超えているはずです。予防型歯科医院が規範とするスウェーデンの平均年間労働時間は約1,600時間ですから、日本の開業歯科医師の約1/2の労働時間です。日本人歯科医師がスウェーデンの人々のような口腔環境を作れたとしても、当の歯科医師のワークライフバランスはスウェーデン並みに改善されるのかは疑問です。働きかたと仕事の質はおおいに関連するため、スタディーグループに参加する時間があったら、今は歯科医師みずからの労働環境を考える方が良い仕事ができるようになるはずです。いくら高邁な理想を掲げてみても、歯科医師みずからの働き方が過酷では、よほど強靭な意志と体力を持つ人でないかぎり、過労やストレスからスウェーデン並みの口腔環境をつくる理想は絵に書いた餅になるでしょう。

図の左側の仕事ほど、長時間労働をしなければ収入が増えず、そしてマニュアルワークに適した仕事であることが見てとれます。チェーン展開する大型医療法人から、マニュアルワークとデジタル歯科が進み、診療のオートメーション化が加速しています。そしてこんな歯科医院ほど技術が容易に習得できるからと若手スタッフは集まり、患者は患者で高度な歯科診療が受けられると思っています。歯科業界全体も産業化を望む傾向があります。それはパターン認識による保険診療の大量生産ができる医院ほど、現行制度の歯科業界では経営優位に存在しやすくなってきているからです。

オートメーション化は歯科医業には追い風ですが、一方で歯科医療としては必ずしもそうとは言えません。こういった考えは時代に逆行すると思う向きもあると思います。確かにIBM Watson Healthのように診断に関しては、人よりもAIの方が優れているようになるでしょう。しかし、患者がどのような社会環境の中に、どのような暮らしかたをしているのかを知ること、同時に患者の個性を理解することが治療や予防を進めるには求められます。そしてそれによって診療のオートメーション化では求められない医療の品質を担保することができるのです。

マニュアル化やデジタル化がもたらす生産性という呪縛から離れてみると、これから歯科医師がするべき仕事がみえてきます。図を見ていると左側の仕事ほど「誰かを幸せにする」という意識がなくても生産性が上がる、さらに言えば幸せなんてことを考えないほど生産性が上がりもうかる仕事です。つまり大量生産のベクトルに乗りやすく誰にでもできる仕事です。

歯科医院のマニュアル化やデジタル化は、歯科医院の生産性を上げる一方で、そこで働く歯科医師の医療専門職という特性を消滅させ、単なる歯科労働者となっていくことが明らかです。要は「人間が本来するべき仕事」からは離れていくのです。その結果、低賃金長時間労働で非人間的な仕事にたずさわるならば、「タクシードライバーの方が気楽でやりがいもある」という歯科医師が出現し、歯科医師会に代わって労働組合が歯科医師の幸せをになうことになるような気さえします。

そう考えてみると、マニュアル化やデジタル化は、「歯科医師を幸せにするのでしょうか?」その先にいる「患者を幸せにするでしょうか?」 マニュアル化やデジタル化による生産性の向上を追いもとめると、歯科医師の専門家として希少性は薄れ、単純労働化は加速して、銀行の見こみどおりに歯科医師は年収600万円の単純な労働力として産業化した歯科医院に存在する日はそう遠くはないでしょう。