予防歯科セミナーを売りさばく人たち

世の中には、プレゼンのうまい人、資料をまとめるのがうまい人、先人のセミナーや講演内容をモディファイして話すのがうまい人というのがいます。歯科業界ではコンサルとか、海外学位を売り物にセミナーをする歯科医師といった人たちです。

もちろん彼らはそれなりに優秀です。リサーチ・分析能力に優れ、全体を見て物事を一般化し、抽象的な概念や目新しい論文を参加者のレベルに合わせて、上手に組みたててわかりやすく資料を作りあげる能力にたけています。「なるほど、そういうことなのか」と聴く人をうならせるプレゼン力もあります。タイムリーなキャッチーコピーをちりばめて、参加者のテンションをあげて、その気にさせます、あおります。

海外仕こみの専門知識を駆使し、著名人の言葉を引用しながら、歯科全般にわたっての質問をそつなくさばきながらそれなりの答えを出す。そういう汎用性の高いテクニックを身につけています。安価で受講しやすいオンラインセミナーが主流になる中、歯科医師たちが海外仕こみセミナーに傾注する気持ちも理解できます。

歯科メーカーやセミナーポータルサイトにとって、彼らは実にありがたく重宝する存在です。メーカーなど主催者側からすれば、大衆化する歯科医師にわかりやすい資料を作って経営提言までしてくれる存在は、集客のために喉から手がでるほど欲しい人材です。

彼らは日本の歯科医師の海外事例を無批判に受けいれやすい体質を熟知している上に、業界の作法もこころえています。近年は歯科医師とコンサルの境目も流動化して、特に技術力が問われない予防歯科では、一見ソフトタッチで実は慇懃無礼な歯科医師なのかコンサルなのかわからない行動様式の人がばっこしだしています。

かくして歯科医師とコンサルの共生関係が生まれます。「歯科医師主導」「コンサル主導」のもと、彼らが模倣した予防歯科プランが華々しく打ちあげられて、海外模様にラッピングされ歯科途上国の各地域の野心的歯科医師に下げわたされていきます。受けいれる側にあるものは洋モノだったりアカデミカルだったりすることへの憧憬で、どこかの新興宗教団体のお下げわたしのように無批判に受けいれる精神の惰性におちいっています。

しかし実行するのは経営母体の小さい歯科医院です。上手な作文で空中楼閣を描くような彼らのプランに果たして実効性はあるのでしょうか。ほとんどないことは目にみえていますが、結果を出そうと四苦八苦していると、結果が出る頃には彼らはしたり顔で別の新しいことを声高に話しはじめています。彼らは結果に責任を負うことはないのです。大衆歯科医師がインプットする前に目あたらしいことを矢継ぎ早にアウトプットすることが彼らの習いなのです。彼らのソフトタッチで慇懃無礼な声は、耳をかすめて空気に消えていき、決して歯科医師の意識の底に届くことはないでしょう。

かくして作りかけの予防歯科が不良資産のように歯科業界に山づみになっていきます。後始末はすべて受講歯科医院に押しつけられ、貴重な社会資産の健康保険財源は効果が定かではない予防歯科に食いあらされていきます。赤字国債が毎年度30兆円以上発行されている日本にはそんなゆとりなどありません。まあ、そんなことは知ったことではないでしょう。そしていつの時代も最後にババをひかされるのは患者であり、国民です。

そういえば、プレゼン上手なサンデル教授「ハーバード白熱教室」の必読図書とされているジョン・ロルーズ『正義論』の中で「社会の制度が何はさておき実現すべき価値は、効率性や最大幸福ではなく《正義》にほかならない」と言及しています。巷の予防歯科セミナーでは聞けない一節ですが、なにかいい感じがしませんか。