コロナ不況の今こそ戦略的に縮もう
〜もう政治家も歯科医師も夢見る少女じゃいられない〜

コンサルブログ | 2021年7月21日

コロナ禍で日本の多くの業種で否応なしに需要が縮んだ現状は、人口激減後の日本の姿と想像することができます。国内需要の減少による経済規模の縮小、労働力不足、国際競争力の低下、そして医療・介護費の増大など社会保障制度の給付と負担のバランスの崩壊、財政の危機、基礎的自治体の担い手の減少などさまざまな社会的・経済的な課題が深刻化するのが2040年代の日本といわれています。その日本の姿が、私たちの日常にこつぜんと現れてきたのがコロナ禍の現在です。

この1年あまりで歯科業界への影響も明らかになってきました。全国保険医連合会の調査で、学校検診後の2020年度の未受診率は歯科が62.3%で、医科診療科目の中では最も高いことがわかりました。予防管理にシフトすることに歯科業界が将来展望を描いている中で、この現状を漠然と不安視するのではなく、近い将来起こることしてとらえ、歯科医院経営の転機とすることです。縮むのにもエネルギーが必要です。医院に体力、経済に活力が残っている今こそ、経営モデルを人口減少に耐えられるようにする絶好のタイミングとするべきです。

政府も経済界もコロナ不況で傷んだ経済のV字回復の起点として、東京オリンピック開催に舵を切りました。さて、どうでしょうか。V字回復を目ざす必要はあるのでしょうか。V字回復を実現したとしても、遠からず人口減少によって経済規模は縮小するからです。2008年以前の経済規模に戻すエネルギーを、縮小した中でも利益が上げられる縮小均衡のビジネスモデルに多くの業種は切りかえることが必要とされ、歯科業界も例外ではありません。

インターネットを媒体として患者を集め、レセプト枚数を積みあげる歯科医院に人気の平成版ビジネスモデルは再考する時期にきています。平成30年度の国民医療費は43兆4,000億ですが、そのうち歯科医療費は3兆円、わずか7%でしかなく、昭和53年から昭和63年までは国民医療費とほぼ同じ増加率でその10%以上をしめていましたが、平成4年以降増加率は小さくなり、平成8年以降の歯科医療費の増加率は横ばいで 推移しています。歯科医療経済が縮小している状況で、インターネットで集客して自由診療の安売りをするビジネスモデルは、歯科医療経済の実態と均衡を欠いたバブルを作りだすのがおちで、2040年代にあるべき歯科医院経営からは乖離するばかりです。歯科業界の現実と近い将来起きることから目を遠ざけ、遠まわりをしている時間はないのです。

歯科医療費のパイは平成4年以降29年間も横ばいが続き、一方で歯科医院数は増加し、人口減少が始まるアンバランスな状況の中、拡大路線を唱える人は前例を踏襲して惰性で医院経営を考えているにすぎません。ビジネス本によくある「成功事例に学ぶ」に学び、成功しないパターンから抜けだせない中小企業の社長の群れそのものです。人口減少という事態を私たち世代は知りませんし、日本国民の誰も知りません。歯科業界でも人口減少社会の中で歯科医院を経営していくことを誰も想像できない、初めての時代を体験するのです。初めてのことに直面するのに、売上1億、レセ1,000枚、ユニット10台といった従来の拡大路線を当てはめようとするのは竹槍精神論で、自分たちだけは生き残れるという希望的観測に過ぎません。

菅総理がコロナ禍で開催するオリンピックの意義を、高校生時代にテレビを通して見た東京オリンピックで胸を熱くし、その感動を今の子どもたちにも味わってもらいたいという個人的なエピソードは、単なる懐古主義で日本社会にとっては最たる危機要因と断じていいでしょう。コロナ禍という危機状態で、希望的観測を述べる政治家の思考回路と人口減少社会にあって拡大路線を唱える歯科医医師の発想は同一線上にあり、その無思慮に絶望感を覚えます。もう政治家も歯科医師も夢見る少女じゃいられないのです。

横ばいから縮小するマーケットでは、薄利多売で売上高を競うビジネスモデルから、従業員1人当たりの利益高のアップと顧客生涯価値を訴求することが求められ、歯科医院も例外ではなく、スタッフ1人当たりの生産性の向上と高付加価値化に医院体制を転換することが必要です。歯科医院は自院の強みを再評価して、残すものと捨てるものを取捨選択すること、つまり戦略的に縮むのです。残すと決めたことには人材も資本も集中し、他院の追随を許さないように磨きをかけ、特化していきます。その他大勢の歯科医院と異なるサービスを提供することができれば、患者ロイヤルティーは高まり、それだけで競合歯科との直接の競争を避けることができます。ユニークなポジションをとりながら患者に価値を提供することで、歯科医院はサスティナブルなビジネスモデルを展開できるようになります。

国民皆保険制度が制定された1958年当時から人口減少が始まった2008年の50年間で築かれた歯科業界の価値感のままでは、歯科医院の伸びしろはなくなってきています。歯科業界の患者価値とは国民皆保険制度の均衡が保たれている上に築かれてきたもので、この価値の転換こそが戦略的に縮むことを意味します。

戦略的に縮むには、健康保険診療を大量生産して大量消費を促進する歯科医院と患者の関係から、歯科医師と患者が共同して作りあげていく医療本来の価値に回帰することが求められます。臨床を通じて歯科医師が患者の満足を喜び、患者が歯科医師に感謝するという個別的な関係は、健康保険診療の大量生産大量消費といった時代の中で希薄になってきました。大量生産大量消費の健康保険制度の時代、歯科医師にとって患者は点数であり記号でしかなくなる傾向が強く、投入した資本の回収、つまり利潤だけがクローズアップされてきました。この古びた価値観を人口が減少して国民皆保険制度の均衡が維持できなくなった今こそ転換するチャンスです。

生活者個々の健康状態、ライフスタイル、将来展望を細分化し、歯科医師の時間を切りきざんで、歯科市場の窓口を大きくする以外には歯科業界は需要を維持してゆくことは原理的に困難になります。高付加価値とは点数や記号ではなく、歯科医師の誠意と技術や知見といったものが微細な差異となって臨床に結晶したものであり、微細な差異を感知するところまで成長した患者との間に生まれるものなのです。

人口が減っていくのに、大規模化させて経済を拡大させていくという発想は、それ自体が矛盾しているため、崩壊に向かう拡大といってよいでしょう。これからの歯科医院経営に求められるのは、拡大・縮小の視点ではなく均衡するかどうかなのです。経営がうまく回れば、大規模でも小規模でも構わないのです。経営的均衡には歯科医師の誠意や知見と患者の満足や知識を均衡させることが求められるようになります。「拡大から均衡へ」歯科医院経営のキーワードはコロナ不況の今、変わったのです。