昨日6日、仕事はじめでした。昨年の暮れに立て続けに3件新規開業のプランが決定、そのため大手商業施設、ハウスメーカー、不動産ディベロッパーの各担当者とやり取りをしていて、どうにか仕事を一段落つけたのが、夕方の6時過ぎ。

年末にもかかわらず各大手ハコモノ業者が、リーシングにやっきになる背景には、「2012年問題」がある。商業施設や大規模ビルの供給過剰、オーバーストアによって、今までは相手にされていなかった歯科にもお鉢がまわってきた訳です。これによって歯科の業界地図が如実に変わるでしょう。これまでは、大手設計事務所やデェペとコネクションを持つ一部の歯科医が、好立地のハコに出店して盛業してこれた。しかし、これからは10年前にくらべ2〜4割安で大手ハコものに出店する新規歯科医院が増えてくるので、立地的優位性だけで盛業を望むことはできないだろう。まあ、不動産屋みたいな歯科医ばかりが好立地を席巻して繁栄してきたことが、異常だったのですから、「2012年問題」は、歯科経営が健全に針を振れる契機となってくれるのではないでしょうか。

そんなこんなで慌ただしく仕事に一段落をつけ、学生時代の友人と、年あらたまる淑気を迎える儀式?のためサウナへ心身を清めにいった。例年なら2時間待ちのマッサージが、待ち時間ナシ、肌を通して日本経済の停滞を感じるとはこのことでしょう。年もあらたまりサウナを後にタクシーから見る繁華街は人も三々五々、心なしか暗く静か、というよりは静謐とした感じ。所々の暗闇に連なる人々の向かう先は、神社。こんな光景は数十年前の子供の時以来。3・11の影響でしょうか。

「2012年問題」でチャンス到来の普通の歯科医、しかしサウナで肌で感じタクシーから目の当たりにした光景から、歯科医院経営は依然不透明。
確かなことは 、 YES,you can. You can if you want. ということです。

それでは、今年もよろしくお願いいたします。

「調査方法・集計処理でも、客観性を徹底的に追求。学術的にも公平性が高く信頼できるランキングです」。オリコンCSランキングに対する、慶応義塾大学で応用統計学を専門とする鈴木秀男准教授のコメントである。歯科にランクインしている医院を見ると、鈴木氏の見識を疑う。口コミサイトやランキングサイトの内実は、PRサイトである。一端の人であれば周知のことなので、批判するのは大人げないと、承知している。

しかし、この慶応義塾大学鈴木先生の論、統計学をもって医療を評価するときの、評価者と評価基準の選定の失敗例である。『ミシュラン東京版』以上のでたらめぶりだ。『ミシュラン東京版』のでたらめは、食の評論家(?)山本益博氏の暗躍によるものともっぱらだが、オリコンランキングのでたらめは鈴木准教授の後押しによるものとなりかねない。

そのでたらめぶりの一端。例えば審美歯科ランキングは、11の評価項目からなる。『治療結果』の項目を見ると「駅前で便利でした。先生もやさしく、スタッフの対応も親切。治療も早く終わりました」と体験者のコメントがある。恣意的にこのコメントを選んだわけではない、どのコメントもこの程度の散漫な感じだ。このコメントの何をもって『治療結果』10段階評価で9の医院なのか不思議である。また他の評価項目『利便性』や『スタッフ対応』とどうやって評価の選別をしているのだろうか。全く理解できない。

まあ、オリコンランキングの影響力やブランド力は、ミシュランの足下にも及ばないので、目くじらたてることはない。それにしても情けないのは、このランキングに載るために、アルバイトや業者を使って口コミを書かせる自作自演する歯科医院が少なからず存在すること。こんなランキングサイトに汲々とする歯科医院が増えるに従い、歯科大学の入学難易度ランキングは急下降している現実。某大学相撲部と変わらない偏差値の歯科大が増えて、歯科界の『玉石石石混合』状態は確実。儲かるのは広告代理店ばかりで、ますます真っ当な歯科医院の経営は難しくなってきた。

 
 
 昨日は羽田への最終便が霧のため飛ばず、青森県三沢に留まった。野球少年だった私は、空港からタクシーで三沢高校に向かった。夜8時過ぎ人影もなかったが、かつての甲子園のヒーロー太田幸司が白球を追ったグランドを見られただけで十分だった。その足で寿司屋に向かい、カウンターに座る。横から聞こえてくる津軽弁は、抑揚なく朴訥に語る作家寺山修司を思い出させる。三沢は、太田幸司、寺山修司という日本の高度成長期を代表するヒーローを生み出した土地だ。そして現在は、日本の政治経済の暗部、米軍基地と原発処理施設が地域の基盤になっている。

 この地域の歯科医院からは、これからの医院経営の在り方が見えてくる。三沢では女性専科として美を追求する自費歯科医院が成り立ち、ある医院では車で30分かけて自費治療に通院する患者も少なくない。これといった産業が無い土地だが、原発マネーの関係か?三沢に隣接する六ヶ所村の平均年収は大手企業部課長クラスである。この地域の生活者は、歯科にかけるお金は十分にあるようだ。クライアント医院もそんな市場性に準じてCTとセレックがあり全て個室だ。過疎が進む地方の歯科医院とは思えないストラクチャーである。

 三沢に限らず地方医院を見る度、都市部の自費主体医院が発する「質」には、疑問を感じる。医療の質の追求は「失敗しない質=安全性」→「ばらつきが無い質=標準化」→「卓越した質=技術力」の順で成り立つ。その中で、安全と標準化は一定の『広さ』を担保にする。『広さ』というコストを犠牲にする都市部の医院が、「卓越した質」を売りにするには無理がある。技術力は安性全と標準化の先にある質だからである。

審美歯科やインプラントなど技術を売りにする歯科医師は、今後地方で開業してはどうであろうか。2時間もあれば大抵のところに行くことができる日本、消毒滅菌も技工も在庫もスペースが混在した診療室に見切りをつけて、本来の質を追求することができる。その上、無理な誘導も過剰な広告費もいらない。

かつて寺山修司は「書を捨て街に出よ」言った。
歯科医師は、街を捨て地方に出る時代が来た。

新潟のある市での開業プロジェクトに携わって1年近くになる。開業は数ヶ月先だが、この医院は必ず成功すると確信が持てる。その理由は一点のみ、開業歯科医が機会損失をしないスピード感を持っているからだ。これは歯科以外でも、経営者ならば誰しもが感じることだが、ビジネスをしていて何がストレスになるかといって、機会損失以外にない。失敗でも構わない。スピード感がない人は、失敗することにも時間がかかる。

停滞気味の歯科医院を見ていると、じわじわと成功のステップを踏んでいるつもりで、じわじわと失敗していくことに安心しているだけの医院もある。経営に延命処置を持ち込まないのが、私の主義だ。早く失敗して、失敗を繰り返す機会が多いことが、経営はもとより人生設計において大切と思うからだ。

私は、教員、サラリーマンを経験して、現在は零細な会社を経営している。これまであらゆる「できない人」を見てきた。「できない人」の共通項は機会損失を繰り返すことだ。では、機会損失をしないためにはどうすれば良いのか?当たり前のことだが、スピードをあげることだ。スピードアップは、仕事時間×集中力の結果だ。人の能力には大きな違いはないと思っている。私の知る「できない人」は、単にスピード感を持って働いていないだけの場合がほとんどだった。「できない人」の時間消費方法は、仕事もどきに使う時間が長いことだ。つまりは仕事をしていないのだ。

停滞気味の医院の院長は、自己啓発セミナーや訳の分からない経営セミナーに参加して、仕事をした気になって、肝心な診療に携わる時間が少なくなっている。やはり「できない院長」も単に仕事をしていないだけである。「できないスタッフ」の特徴は、歯科医ならばやり直し治療に時間を使い、DHならば取り残しの歯石のためのメンテナンスに追われる。つまり「やり直し」をすることが仕事になって、機会損失をしているのだ。

経営とは、機会損失を無くすスピードを手に入れることだ。







歯科医院のパンフレットやホームページの文章を読む機会が仕事柄多い。時として、この先生はカウンセリングの時どのような言葉を使っているのだろうか、とても気になる。それというのも、患者が読むホームページなどに難解な医学用語を平気で使っているからだ。気がつかないというよりは、医学用語や専門用語を使うことで、ある種の権威付けを意識している節もあるのだから考えが浅い。

ドアノブ•クエッションという言葉がある。初診患者が最初の診察と会話を終えて、医者の説明が理解できずに帰り際ドアノブのところで立ち止まり、先生、私は「○○○」でないですよねと、不安げに訪ねる様を指していう。誰しも経験していると思うが、医者の診断を受けて、はやりの「風邪」を「感冒」などと言われると、何かタチの悪い病気にかかったのかと思う時さえある。さすがに歯科の場合は、専門用語の羅列で深刻な気持ちにはならないであろううが、重い気持ちには変わりない。

私が経験した例で、若い歯科医師が、患者に対してスタディーグループで使いまわされる「予知性」「侵襲的」「審美性」「進行性」「不可逆性」などの言葉を連発して患者にカウンセリングをしていたが、患者の表情を見ると、いかにも不思議そうな顔をしながら、最後に「良くわかりませんが、保険でやってください」で終わった。こんな空しい思いをしないためにも、パソコンに入力する文字が正しく変換されない専門用語は、患者には通じないと思い対話するべきである。

以前、コピーライターの糸井重里氏が、「この香水はウンコのような香りはしない、すばらしい香りです」という文書があったら、論理的にはこの香水はとてもすばらしい香りと伝えているのは理解できても、生理的に「ウンコのような」ばかりが目や耳に入ってきて悪いイメージしか残らないでしょうと、話していた。歯科医師の専門用語の連発もこれに近いものがあり、平易な言葉で話さなければ、意図するQOLやホスピタリティーの向上も生理的に伝わりづらくなる。

歯科医師は文書を書くとき、言葉を発するとき、「意味で考え、生理でチェックする」ことが
大切である。


杉並区の顧問先コンサルティングが昼過ぎに終わり、駅に向かっていると雲間から薄日が漏れてきた。急遽、千葉郊外の開発地域のマーケティングに向かう。現地調査は、お天気次第の進捗になるので、梅雨時の晴れ間は特に貴重だ。予定外のため、電車で最寄りの駅まで行き、レンタカーを借りる。

1980年代終わりから90年代にかけて、大手ディベロパーから総合スーパーへの歯科医院への出店のオファーがあり、多くの歯科医院を紹介した。当時は商業施設としては、総合スーパーは先端をいった存在であった。しかし、20年あまり経過した現在、総合スーパーは衰退傾向にあり、現在はテナントミックス建屋とスーパー本体で構成するSCが全盛だ。調査地の千葉市北東部もSCと中規模スーパーの出店が目につく。高齢化社会になって、東京の都市圏が10キロ程度縮小して30キロになった現在、この地は旧都市圏の40キロとの中間に位置する微妙な商圏ではあるが、平日の昼間で商業施設の駐車場は30%程度埋まっている。まあまあイケル感触だ。

しかし都市圏の縮小が進む状況で、郊外出店による「立地独占」という戦略はいつまで続くかわからない。SCのマスマーケティングに相乗りする歯科開業も、その効力頼みでは立ち居かなくなる日は遠くはない。経済条件の高いSC内での歯科医院経営はどうして行けば良いのだろうか。答えは、既存患者の活性化に集約される。つまり、いかに既存患者との関係を強化し、自院医療サービスを繰り返し提供していけるかにかかっている。今後、商業施設内歯科医院経営は、①ブランド構築による認知度向上のため広告宣伝と②一度来院した患者に対して継続的かつ適切なアプローチを行い、自院医療サービスの継続的利用を働きかけていかなければならない。

現実、顧問先のSCのレジ通過数は減少傾向にあり、それに伴い医院の新患数も減少してきている。商業施設のマスマーケティングに頼った医院経営や焼き畑農業的な経営手法から脱却する時期が、高齢化社会とともに医院経営にも押し寄せて来ている。






3.11震災から2カ月余り、岩手県内に来た。新幹線の車窓から震災の影響は感じられなかったが、A駅に降りると、日本赤十字のつなぎを着た40人程の男女から、非常事態の緊張感が伝わってくる。その姿を見て、「人の力では世の中を変えることはできない」と、思った。赤十字のつなぎ姿の人々の無力感を揶揄しているのではない。世の中は、人の力の及ばない力が作用しないと状況は変化しないものだ、と実感したのだ。


医院経営を変えるのも「院長の志」よりも、「人口が減った」「近隣に歯科医院ができた」という、院長の力が及ばない力が作用した場合がほとんどだ。非常事態にならないと、経営者たる院長の覚悟が決まらないので、スタッフも本気で動こうとしない。当然、支援者も現れない。院長の覚悟が決まらない最大の理由は、現実を見ようとしないからだ。コンサル先の歯科医の大半が、来院者の年齢や地域、キャンセル率、リコール率などを把握していないし、医院経営に関する数字に関心が薄い。


「なんだか患者が減ってきた」とは感じてはいる。しかし、現実を見ようとはしない。見ているつもりでも、都合の良いように見ているだけの場合が多い。何がないから、体調が悪いから、年だからと仕事のできない人間は、常に言いわけを用意しながら現実を見ている。これは、経営が悪化してきている院長が現実を見る目と同じだ。


「あるがままの現実を見る」ことは、経営者として稀有な資質である。作家の塩野七生氏は「ユリウス・カエサルが有史以来最大の政治家である理由は、彼が見たくない現実を見た唯一の政治家だからだ」と言った。反対にできない院長は、見たくない数字を直視する前に、やたらと崇高な「志」を掲げたりする。そのため、医院の経営方針がブレてばかりで、決め打ちが出来ない。


帰りの新幹線の中、今回の原発事故への対応も同様で、菅総理は一国のリーダーとして、見たくない現実を見切ってから打ち手を打たないため、後手の対応に終始しているのではなどと、「郡山」のアナウンスを聞きながら考えていた。


「見たくない現実を見切ること」が、院長が経営者となることだ。

Think global , Act local

新潟へ向かう車窓に雨しずくが流れだした。昨日の山梨のエリア観察も雨だった。どちらの歯科医も親子継承から独立に切り替え、開業する案件である。親子継承の難しさは、親子の診療スタイルの違いに結びつけられるが、実際は親の時代と子の時代では、地域環境が劇的に変化していることが原因な場合が多い。つまり、Think の違いではなく、 local の違いだ。

どちらの歯科医もメーカーが器材選定とマーケティングをしている。しかし、だ。これが、問題な場合が多く、開業時のCTやマイクロなどへの初期過剰投資を引きずっての開業計画になりがちなのだ。開業時の初期投資の肥大が、初期経営期間に与えるインパクトの大きさがわかっていない。過大な設備投資は、歯科医が経営者として「歩けるようになる前に、全力で走らせること」を強いるようなものだ。まずは、一歩一歩を確実に歩けるようになることが優先されることは、人の子を例にするまでもない。

CTなどの設備はグローバル基準の診療を目指すには必須なものであることは、理解しているし、そうあるべきと思う。しかし、当たり前のことだが経営とは単年度があって、中長期がある。確かに開業時の短期だけを考えていては、歯科医の情熱は冷え持続的医院経営も見えてこない。だからといって、長期的展望ばかりを考えていては、短期をマネジメントできない。開業時は短期に比重を置き、患者母数の拡大を図り、2~3年目からは中長期に比重を置き、設備投資による診療の質の向上を考える、つまり「歩けるようになってから、走ること」が、医院経営の鉄則である。

グローバルスタンダードな診療を念頭に置き、地域医療のマーケティングに注力する。グローバルなスタイルは、地域に信頼が根付いていない医院では成功しない場合が多い。それは、どんなグローバルスタンダードな医療でも、それを施すのも人で受けるのも人だからである。

歯科医院経営には、Think global , Act local 、グローバルに考え、ローカルに行動することが、成功へのベストウェイだ。
大田区で開業して2ヶ月経過した医院のコンサルティングを終えて医院を出ると、急に雨が降り出してきた。この医院の院長のほとばしる情熱の汗のような雨だ。一見、優男風なDRだが、短期•中期•長期に目標を時限設定していて、その目標達成に全精力をかけている。開業後、毎月50〜60人の新患が来院してきて順調だが、手綱さばきに弛みはない。

そういえば、一昨日開院した練馬区の医院も新患予約が約30人と好スタートを切った。この医院の院長も長身の好男子だが、目標設定が明確で、即決即断のリーダータイプ。この二人のルーキー院長に共通していることは、40代になった時の歯科医としての自分の在り方が明確なことだ。だからこそ、情熱を胸に厳しい今を戦える。このところ開業支援をしている若手歯科医は、見かけは草食系だが実は肉食系の好漢が多い。逆風が吹く歯科界にあって、成功するには肉食系の情熱が何より重要だ。

「情熱」という言葉は今日的でなく、「情報」という言葉に取って代わられた。巷にあふれる経営書にもリーダーの条件として、「情報力」「先見性」「決断力」「行動力」「コミュニケーション力」などが挙げられ、「情熱」は後じんを拝している。しかし、院長に求められる最も重要な資質は、なんといっても「情熱」だと思う。企業再生のプロ、日本電産の永守重信氏に「能力5倍、情熱100倍」という肚に落ちる言葉がある。人間の能力は上と下では5倍の違いしかないが、情熱の違いは100倍あると解釈している。零細な歯科医院経営には、ことのほか響く言葉だ。

「情熱」に火をつけることは、開業すれば火炎の勢いは違っても誰しもがすることだ。しかし、「情熱」の火を燃やし続けることは難しい。そのために時限的目標を何段階かに持つことは必要条件だが、それより大切なことは、「情熱の火を焚きつけてくれる人」の存在だ。こういった存在の人を求め出会うことが、厳しい経営環境の中で、歯科医師をライフワークとするには絶対条件だ。歯科界にいなければ、他流試合をしてでも見つけ出して欲しい。

院長には技術や知識が必要なことはいうまでもないが、それより重要なのが「情熱の火を焚きつけてくれる人」の存在だ。その存在が、歯科医院経営の正否を決するのだから。


連休の最中、夜のジュンク堂に滑り込む。お目当ての本、数冊を求めエスカレータを行ったり来たりする。戦後は、この書店のある当たりは、馬がガードを通過する電車の音に驚くので、ビックリガードと呼ばれたほど辺ぴな場所だったとされる。今でも、池袋の場末の空気が残されている。ところが、この地にここ数年で歯科医院が、雨後の筍のように乱立した。その歯科医院の看板が、節電モードの盛り場に眩いばかりに輝く様は、この書店のエスカレータからの不思議な景観となっている。

 エスカレータを行き来しながら、この景観はどこかで観たことがある、と感じつつ閉店を知らせるBGMを後に、書店を出た。帰りの車の中でも、いつか観た覚えのある景観を、思い出そうとしていた。そうだ、『千と千尋の神隠し』だ。

 『千と千尋の神隠し』の主人公の少女、千尋が迷いこんだ不思議な街は、奇妙な建物とグロテスクな看板であふれている。個々の建物や看板は、時代考察も混沌としていて、現実の街ではありえない不思議さだが、何か懐かしさを感じ映像に引き込まれていく。特に、「肉」「め」「むし」「生あります」といった直接的表現の看板が、目に飛び込んでくる。この看板の一群からは、「伝えたいことより、伝えたい欲望」が強く押し寄せてくる。この街は人間の欲望が渦まき、それがさらに欲望を刺激する。そして千尋の両親は、この街の主のいない店で異常なまでの食欲でカウンターの料理を平らげ、欲望の権化である豚に姿を変えられてしまう。

 「歯科」や「歯」は映画に出てくる眼科らしき看板の「め」に、「インプラント」「審美」「ホワイトニング」「予防」は、「人肉」と書かれている飲食店の看板にオーバーラップする。「伝えたいことより、伝えたい欲望」が強く前面に出ていて、歯科医の常套句である「審美性やQOLの向上」を感じさせるものではない。人々の生活が豊かになり、街並や施設の整備が進み、同時に都市空間の公共性を求められる今日、歯科の看板の下品さは、そのまま歯科医の品性や美意識を問われ、伝えたいことの「審美やQOL」は、見る影もない。

 歯科医は、社会から欲望の権化である豚に姿を変えられる前に、看板の持つコミュニケーションや公共性を考える時期にきている。

はじめまして、クレセル株式会社代表取締役の伊藤日出男です。

日々マーケティング、とことん現場主義を大切にしています。

全国の歯科医院、開業候補地を飛び回り、院長とのやり取り、スタッフとの会話、若手歯科医師との開業前後の相談、歯科大生との交流から、見たこと・感じたこと・考えたことを、歯科界を取り巻く環境を踏まえてレポートしていきます。

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