「エリートとは何か」と若手歯科医師向けセミナーで考える

コンサルブログ | 2019年9月10日

最近、若手歯科医師を対象にしたセミナーが各所で開催されています。この手のセミナーの草分けは、日吉歯科診療所の「若い歯科医師のためのオーラルフィジシャン育成セミナー」ではないかと思います。2005年から始まり今年の8月で30回を数え、日吉歯科診療所での開催は最後を迎えました。

このセミナーの凄さの一端は、15年の間に年2回定期的に開催され、特に広告宣伝することなくクチコミのみで毎回1~2年待ちの人気を博してきたことでもわかります。それは“日吉歯科診療所・熊谷崇”(敬称略)という知名の高さによるものだけではなく、若手歯科医師を引き寄せる磁力のような何かがそこにあったからに違いありません。背後にスポンサー歯科医院を募り、リスティング広告で集客する若手歯科医師向けセミナーとは、一線を画す価値が日吉歯科診療所でのセミナーにはあります。

一体どういう価値があるのでしょうか、改めて考えてみました。東北地方の一歯科医院が行う若手歯科医師向けセミナーが、誰も予想もしないような働きを持って歯科医師の考えを変えていく現実。実際に私は受講者した歯科医師の何人もから「歯科医師人生を根底から覆された」と話すのを聞いたことがあります。そして、その数%が自院の収益を上げながら、歯科の「業界価値」をも上げるエリート歯科医師へと成長していることが、このセミナーの凄みに繋がっているのです。

日吉歯科診療所の若手歯科医師向けセミナーで見る20年30年と一本の線になった臨床例を見て感じる、予防歯科が紡ぎ出す審美性にもその凄みは宿ります。術前術後の点と点を示す臨床例を賛辞する審美歯科グループの茶番とは次元が違うことを目の当たりにできます。この予防歯科が内包する審美性に歯科医療の結節点を見つけ、歯科医師としての方針を再考した人も少なくはないはずです。

2005年に始まった「若い歯科医師のためのオーラルフィジシャン育成セミナー」に先駆けて、私は2004年に「若き歯科医師に贈る医療と経営」と銘打ったセミナーを企画して熊谷崇先生にも講師として登壇してもらったことがあります。もちろん、日吉歯科診療所での若手歯科医師向けセミナーのように歯科医師の人生を変えるような力はなく、今考えると冷や汗が出てくるような企画意図でした。

私が若手歯科医師向けセミナーを企画した理由は、仕事をする上での自分自身の精神的なバランスをとるためでした。2000年当初、私は大手総合商社などと組んでは、大規模集客施設などにファミレス歯科(サービス業的歯科医院)を企画・リーシングしていて、仕事自体はとても順調でした。しかしそこに集まってくる歯科医師は、歯科の「業界価値」を上げることには無関心な小利口なタイプが多く、彼らとの話は「便利な場所で国の制度を合理的に使いどれだけ売り上げをあげるか」に終始して、歯科業界の在り方とか社会の豊かさとか本質的なものがない軽薄なものでした。このような便利な歯医者を金太郎飴のように作る幼稚な仕事に嫌気がさしていたのです。このような歯医者を大量生産してきた私には、若手歯科医師向けセミナーを企画して禊(みそぎ)とすることで、自分の気持ちを鎮めたかったのです。

日吉歯科診療所の「若い歯科医師のためのオーラルフィジシャン育成セミナー」の紹介文には“生まれたばかりの雛鳥は、最初に見た動くものを親と思ってついていくそうです。歯科医師も然りで、ライセンスをとってはじめの数年でその人の診療スタイルが決まってしまうと言っても過言ではありません。”と、ありますが、まさにその通りで、私には身にしみてわかります。今まで関与してきた便利な歯医者は、経験を積み経済的にも十分満たされた余裕を、歯科業界の向上や社会への還元といった「業界価値」をあげることに向ける人はほとんどいませんでした。

幾つになっても関心の第一は「初診者数」にあり、見た目のシワは深くなるのに社会人としての考えは一向に深くなりません。各界のエリートの40代といえば、視点が「自分と社会」に向かい、50~60代でその考えは「自分の業界の社会的価値」に広がるものです。しかし便利な歯医者の視点は何歳になっても「自分の目の前の利益」にしかなく、精神的に未成熟なままです。然るに歯科業界の若手は、便利な歯医者=成功者と思う傾向があり、そこを頂点として目指す人が少なくありません。業界全体でエリートのあり方を考え、エリートをつくり出す余裕がなくなっているのです。歯科業界の価値が低下していること、歯科医師が不人気職業になっていること、その因果はこんなところにもあるのではないかと思います。

現代歯科医療においてエリートとはどうあるべきかと考えながら、「若い歯科医師のためのオーラルフィジシャン育成セミナー」の最終回を見学してきました。日吉歯科診療所での最後のセミナーに数人のオーラルフィジシャン歯科医師の方が駆けつけていました。長きにわたり本セミナーを支えてきた歯科医師・太田貴志氏(山形市開業)と歯科医師・佐々木英夫氏(山形市開業)、オーラルフィジシャンとして活躍する歯科医師・福田健二氏ご一家(函館市開業)と歯科医師・早乙女雅彦氏(栃木市開業)、各人を私の好きな随筆家・若松英輔氏の言葉を使い紹介してみます。


歯科医師・熊谷崇氏

人生の師は、しばしば試練を伴って私たちの前に顕われる。
むしろ、そうした人生の問いを伴って顕現する者のみが、師と呼ぶにふさわしいのかもしれない。全身を賭して向き合うことを求めてくる、そうした人生の問いは、次第に生きる意味へと変じていく。それを精神科医の神谷美恵子は「生きがい」と呼んだ。

若松英輔

歯科医師・熊谷崇氏を知れば知るほど、しばしば試練を伴って私たちの前に顕われる。「なんと厄介な!」と、感じたことがある歯科医師は少なくないはず。


歯科医師・佐々木英夫氏(写真左)

苦しい出来事があって、立ち上がることが困難なことでも、私たちは一つの言葉と出会うだけで、もう一度生きてみようと感じられるときがある。別な言い方をすれば言葉は、人生の危機において多くの時間と労力を費やして探すのに、十分な価値と意味のあるものだともいえる。言葉は、心の飢えを満たし、痛み続ける傷を癒す水となる。言葉は、消え入りそうな魂に命を与える尽きることなき炎にすらなる。

若松英輔

歯科医師・佐々木英夫氏の癒し。満たされることないスタッフとの関係に疲れ、時として厳しい熊谷崇氏の言葉に傷む。佐々木氏の言葉は「心の飢えを満たし、痛み続ける傷を癒す水となる」に違いありません。


歯科医師・早乙女雅彦氏(写真中央)

人は、根が必要なときに花を集めることがある。果実を手にしようと躍起になっていることもある。むしろ、そんな生き方をして、疲れていくこともしばしばあるように感じられる。さらに、花々を手にしている人を羨み、自分の手に果実がない現実に落胆し、失望したりもする。

若松英輔

歯科医師・早乙女雅彦氏の見識。キャリアを重ねても若手に混じりノートをとり、根を深く張ろうとする。口癖は「私にはそんな力がないから」。こんな歯科医師が果実を手にするに違いない。


歯科医師・福田健二氏(写真中央)と幹久氏(写真左)

仕事をしていて確かに感じられるのは、信頼できる人物とは、成功を誇る人よりも、鷹山のように挫折を経てゆっくり歩こうとしている人であるということだ。そういう人たちは人間が何かを誇るときの愚かさと同時に、本当の意味で立ち上がることの意味を知っている。立ち上がった経験を持つ者は、ひとたび転んだことのあるものだけだからである。

若松英輔

歯科医師・福田健二氏、幹久氏ご家族の振る舞い。何を声高に誇るわけではないが医療者に求められる「信頼」を醸し出している。一つ事に「ゆっくり歩こうとしている人」が持つ安定感がそこにはある。


歯科医師・太田貴志氏(写真右)

成功を誇る人々は常に、会社の規模、売上高を誇るなど量的な実績を声高に語り、ほとんど質的な実感に関心を払っていないのも共通していた。・・・・・・
そしてもっとも大きな違和感は、成功を語る人々が「成功」とは何かを改めて考え直してみるという、当たり前の道程を経ていないのが明らかなことだった。

若松英輔

歯科医師・太田貴志氏の矜持。大規模診療所に関心が向かう歯科業界にあって、「大きくしない拘り」を持つ。その意志に臨床家としての理想が見える。これからの社会で歯科診療所に求められる原点。


デンツプライシロナ渡辺正義氏(写真中央)は
15年間「若い歯科医師のためのオーラルフィジシャン育成セミナー」の運営面でサポート。
東北人の謙虚さと我慢強さを感じます。


よい仕事をするには、自己の能力を高めるだけでは足りない。自分をねぎらい、いたわることを忘れてはならない。それが労働という言葉の本当の意味だろう。
「労わる」と書いて「いたわる」と読み、「労う」と書いて「ねぎらう」と読む。
仕事はいつも他者との間に生まれる。働くとは、他者とともに生きていくことである。いたわりとねぎらいが、自己だけでなく他者にも向けられなくてはならないことを、「労働」という言葉は教えてくれる。

若松英輔

随筆家・若松英輔氏の言葉には、歯科業界が見つけることのできない「エリートとは何か」への解があります。「労働」を「臨床」に、「他者」を「患者」「スタッフ」「業界」「社会」に置き換えてみると、エリートへの階段になります。歯科業界で人気の便利な歯医者の目線は、「患者」か、せいぜい「スタッフ」までですから、エリートたり得ないのです。目線が「業界」「社会」まで届く歯科医師がエリートであり、社会から評価される対象です。このクラスの歯科医師を輩出していくことが、若手歯科医師向けセミナーの価値ではないでしょうか。

2019年8月をもって終了した日吉歯科診療「若い歯科医師のためのオーラルフィジシャン育成セミナー」は、東京と福岡のPre Oralphysician Seminar(プレ オーラルフィジシャン セミナー)に継承されています。
http://www.keep28.org