歯科医院そんな立地調査でいいの?(2/2)
三軒茶屋をウォッチングする

コンサルブログ | 2019年8月21日

三軒茶屋駅周辺エリアの特徴

私が学生の頃の三軒茶屋といえば、沿線のバンカラな大学生が酒を飲んでは暴れる街で、現在のおしゃれな暮らし世田谷というイメージとはだいぶ違い、the昭和という印象でした。そんなイメージが変わるきっかけになったのは、駅周辺の再開発で96年に開業した文化施設も入るオフィスビルのキャロットタワーの存在でした。三軒茶屋のランドマークとして、地域のイメージを一新させると同時に人の流れも大きく変えました。国道246号線を渋谷方面から直進してくると道の分岐地点に建つ高層のキャロットタワーは、先行すること約20年渋谷道玄坂下の分岐点に登場し、どこか隠微な感じの道玄坂をファッショナブルな印象に変えたSHIBUYA109を彷彿させるものでした。

実際に現地を歩いてみると思ったほど渋谷化されてなく、下町っぽさを感じる街並みです。駅西側の仲見世から映画館に至る通りの雑然さ、東急、西友、肉のハナマサと中流向のスーパーマーケット、点在する低価格小売のマイバスケット、路地につながる商店街、駅周辺の民度は90年代の頃と変わらない庶民的な印象でした。その中にあって下北沢に通じる茶沢通りは、小売店や飲食店がずらりと並び、地域生活者のおしゃれな散歩道でもあり通勤通学道路で、当時とは随分と変わった印象を持ちました。

生活感のある渋谷といった感じの三軒茶屋は、若い歯科医師にも人気があり、2000年代になり歯科医院が乱立した結果、1次2次診療圏内に55軒の歯科医院が存在しています。日本歯科医師会・歯科医院経営実態調査(H27)によれば全国の1歯科医院の1日当たりの患者数は17.4人ですが、診療圏ソフトの算定では三軒茶屋駅を起点とした徒歩15分エリアの1歯科院の1日当たりの患者数は9人とされます。また東京都福祉局の施設接近度調査によれば東京23区内の歯科医院は295mという数字が出ていますが、この地域では人の流れが活発な茶沢通り、世田谷通り、国道246号線沿いでは、歯科医院の目算接近度は50m毎に1軒ある感じです。

このような過密な診療圏にあって、競合歯科より少し便利な場所であったり視認性に勝っていたりすることは大したアドバンテージではありません。それよりも開業志望歯科医師の診療方針に見合った診療圏であるかどうかの見極めが重要です。自院にどのエリアからどのような生活者が来院してくるのか、そのイメージを持てるかが開業成否のポイントになります。そんなことを念頭にして診療圏を観察してみました。

診療圏ソフトを疑ってみる

現地調査をするための最初の作業は、ソフトウェアで設定された診療圏を疑ってみることです。不思議に思われる向きもあると思いますが、ソフトウェア診療圏を補正する理由は、歯科医師がその立地で医院経営をしていけるかどうかを判断できる現実に基づいた診療圏でなければならないからです。例えば今でも歯科業界で使われる円商圏は、エリアポテンシャルの目安にはなりますが、実際の診療圏とはだいぶ違います。ある地点を起点として徒歩7分で到達できる地点が全方位同じ距離ではないからです。丘陵や坂などの土地の高低、線路や幹線道路、あるいは河川などのバリアを円診療圏は計算していないのです。

土地の高低やバリアを計算しているアメーバー診療圏もありますが、これも円診療圏に比べて実態に則してはいますが、地下道や顧客誘導施設などが多い都市部では補正が必要になります。ソフトウェア診療圏と現場観察をして補正した診療圏では、そこに存在する人口と歯科医院軒数が違ってきますから、事業計画の根拠とする1医院当たりの患者数が違ってきます。患者数の読み違いが開業後の診療方針や経営に影響する場合もあるのです。口腔内の外科処置の際に、X線などの画像情報と口腔粘膜を切開してわかる情報が違い、治療計画を変更するケースもあることと同じです。

【ソフトウェアのアメーバー診療圏】

近年の開業志望歯科医師は、自らの診療方針をイメージできる立地を探すのではなく、便利で目立つ場所探しに終始する傾向がありますが、都市部ではもうそういう立地はほとんどありません。最初に立地ではなく、自らの診療方針が実現できる診療圏を見定め、その中で適正立地を探していく気持ちが必要です。そのために診療圏の補正は、現地調査の基本となるのです。“木を見て森を見ず”ではなく、森も見定めることが大切です。

今回は東急世田谷線(以後世田谷線)三軒茶屋駅前のA地点で歯科医院を開業すると仮定してみます。世田谷線三軒茶屋駅を起点として徒歩7分のエリアは、「太子堂4丁目」から時計回りに「太子堂2丁目」「太子堂1丁目」「三軒茶屋1丁目」「三軒茶屋2丁目」が1次診療圏。2次診療圏を徒歩15分と設定すると、診療圏ソフトでは幹線道路の国道246号線を診療圏バリアとして、A地点南側の診療圏は小さく表示されます。2次診療圏は「若林2丁目」「若林1丁目」「太子堂5丁目」「太子堂3丁目」国道246号線を挟んで「太子堂1丁目」「三軒茶屋1目」「下馬1丁目」、国道246号線と世田谷通りの間の三角地帯「三軒茶屋2丁目」「上馬2丁目」と表示されています。

A地点の診療圏を通勤通学時間帯に現地調査に行き人の流れを見ると、ソフトウェアの診療圏は実態と違っていることがわかりました。A地点を起点とした徒歩15分診療圏の南側は国道246号線で分断されており、西側は世田谷通り沿いの歯科医院がバリアとなり分断されています。さらに東側の池尻大橋側は淡島通り沿いに集中する歯科医院がバリアとなっています。また世田谷線三軒茶屋駅の乗降客のほとんどは改札を出て地上を歩く距離は数十メートルで地下道に吸収されます。世田谷線乗降客の多くは東急田園都市線三軒茶屋駅へは地下通路を利用しています。そのため世田谷線沿線の生活者が地上にあるA地点を認知することは多くはないでしょう。立地Aは駅前ロータリーに面していながら、人の流れは地下道に吸収され、国道246号線沿い、淡島通り沿い、世田谷通り沿いの歯科医院がバリアとなり生活者を分断するために、実際の診療圏は西北側の「太子堂4丁目」「太子堂5丁目」「若林1丁目」「若林2丁目」が補正した1次診療圏になります。A地点での開業はこの現実を踏まえた診療圏を基に考えなければなりません。

診療圏ソフトは便利な道具ですが、実態とは違う場合も少なくありません。ソフトウェアが示したものと現地調査をして補正したもののA地点の診療圏の違いは、下記の【図1】を見れば明らかです。

【図1】

このように実際の診療圏は西北側の「太子堂4丁目」「太子堂5丁目」「若林1丁目」「若林2丁目」になり、立地Aのターゲットエリアになります。次に調べるのはターゲットエリアに沿うロードサイドに集積する競合歯科の力量です。

競合を測る物指しと調査の視点

私はマーケティング・リサーチを

  1. Customer=診療圏生活者
  2. Competitor=競合歯科
  3. Company=自院診療方針

の要素に分けて考え、診療圏調査のフレームにします。前回のブログで包括的に机上調査としていた診療圏ソフト、検索数予測ツール、Google map、総務省データ・市町村人口世帯データなどが、Customer=診療圏生活者や市場性を洗い出す篩(ふるい)です。Customer調査で篩にかけた立地や物件を現場調査してCompetitor=競合歯科を洗い出し、その力量測った上で、この立地で競合歯科に伍してCompany=自院診療方針の実現をイメージでき、診療圏を開拓できるかどうかを開業志望歯科医師に問うことになります。

Competitor=競合歯科の評価には4P分析(図参照)を使います。

  1. Product=得意分野・サービス
  2. Price=治療費
  3. Promotion =広告宣伝
  4. Place=立地・自院訴求エリア

の項目が4Pです。競合歯科と目する医院を4Pで分析して、医院の力量の構成要素を解明していきます。開業志望歯科医師の立地が4P分析をした競合歯科の立地に比べて優位かどうかを比較検討します。

また診療圏内の駅の乗降客数が5万人前後の地域でしたら、地域歯科医院の立地の中でBest4に入れるかどうかが立地選択のポイントになります。Best4を指標とする理由は、地域生活者は通院経験のあるなしとは別に、地域歯科医院の中で4~5軒の歯科医院を認識しているからです。地域生活者が潜在的に認識している4軒の歯科医院の中に割って入ることができない立地の場合、損益分岐を突破して経営が軌道にのるまでに相当な時間と資金がかかります。

近年の歯科開業の失敗は、地域Best4に入る立地でないにも関わらず、過剰な設備投資をして運転資金がショートするケースが大半です。すると商業的アプローチに終始し、自院の価値を下げるという悪循環に陥っていくのです。地域Best4に入る立地かどうか、こんな視点を持って診療圏を歩きまわることも現地調査では重要です。

三軒茶屋駅前で歯科開業をする?

立地A周辺店舗は世田谷線の三軒茶屋駅前ロータリーにありながら、“便利さ 手軽さ 無難さ”を売りにする店舗が少ないことが特徴です。「スターバックス」「サブウェイ」食パン専門店の「銀座に志かわ」「無印良品」など、一定のブランド力のあるチェーン店が多く、こだわりのある人を顧客とする店舗が並んでいます。この特徴は周辺の生活道路にある店舗になるとさらに顕著になり、第5次産業的な店舗が点在しています。第5次産業とは、ザ・リッツ・カールトンホテルやオリエンタルランドなどを代表格とする新たな価値や感動を創り出す企業を意味します。三軒茶屋駅周辺の小規模ながらも第5次産業的な店舗や施設の代表格が、現代演劇と舞踏を中心に上演するシアタートラムです。店舗や施設は地域生活者の民度を写す鏡で、開業志望歯科医師が診療方針を立てる上で認識しておかなければなりません。

このような特性のある店舗や施設が多い立地Aで歯科医院を開業した場合、「太子堂4丁目」「太子堂5丁目」「若林1丁目」「若林2丁目」がターゲットエリアになります。世田谷線の三軒茶屋駅前ロータリーの東側にある西友側から立地を観察するとほとんど人の流れはありません。そもそもこのロータリーに大きな人の流れはなく、茶沢通りからの人の流入も非常に弱いものです。このロータリーでは、「太子堂4丁目」「太子堂5丁目」方面の生活道路から滲み出るような人の流れが主なものです。立地Aの目の前の通勤通学時間帯の世田谷線の乗降客の流れのほとんどは、改札から数十メートル歩き田園都市線に通じる地下道へ吸い込まれていき、ロータリーに流入することはありません。

立地Aの競合歯科の多くは茶沢通り沿い(周辺)に在ります。茶沢通り入り口から下北沢方面まで約300mの間に通りに沿って8医院が存在しています。このエリアでは最も生活者の流れがある茶沢通りですが、そこにある歯科医院のほとんどは飲食店に埋もれてしまい視認性は弱く、アプローチも良くありません。各歯科医院は生活者からの利便性を期待しての立地選択だったのでしょうが、わずか300mの間に歯科医院が乱立してしまい、生活者からの視認性が高いどころか、歯科医院同士の接近度が50mを切り、業態価値を低く見られるアナジー作用が起きている立地になっています。その一方「太子堂4丁目」「太子堂5丁目」の生活道路に面している立地Aの競合歯科6軒は、地味ながらも自宅1階開業とアプローチも良好で、一定の来院者を確保していると予測されます。【図2】

【図2】

世田谷線三軒茶屋駅前立地Aの現地調査をまとめると以下のように、診療圏(エリア)はいいけれど、立地は平凡という結果になり判断に迷うケースです。

  1. 診療圏の人の流れは地下道が中心
  2. 診療圏は外食チェーン、コンビニ、美容院も多くエリアポテンシャルは高い【図3】
  3. 診療圏の生活者の民度は総じて高い
  4. 診療圏は西・北西方向に広く北東から南西方向に向けて狭い
  5. 診療圏は歯科接近度が目算50m程度で業態価値が下がっている
  6. 診療圏の競合歯科の4P分析は標準的
  7. 診療圏検索キーワードは「三軒茶屋・歯医者」で約1600回と低い
  8. 立地Aは人口量も多く人口動態も良好だが人の流れは少なく視認性は弱い
  9. 立地Aのターゲットエリアの歯科医院は利便性の面では強い
  10. 立地Aに競合する茶沢通り集積歯科医院はアナジー作用を起こして弱い

【図3】

こういった場合、三軒茶屋で1か月当たりの歯科のキーワード検索回数を調べて、判断の補助線にします。「三軒茶屋・歯医者」で約1600回、「三軒茶屋・矯正歯科」で約200回、「三軒茶屋・インプラント」で約20回、と各キーワードの検索回数は多くはありません。新規開業の際にネットで認知してもらうには時間のかかる診療圏と予測されます。

さて、あなたなら三軒茶屋駅前で開業しますか?
私なら運転資金が固定費の12か月分用意できたら開業します。
その理由はエリアポテンシャルも生活者民度も高い割には、A地点の競合歯科が平凡だからです。